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2025-03-22

スパイラルアームズを岡山で企画することによってもたらされた至福の旧交復活に想う、今朝の五十鈴川だより。

 土曜日の朝が来た。今日午後博多から40年近い交友が続いている小島の京ちゃんが我が家にやって来て一泊二日滞在する。五十鈴川だよりを読んでくださっている方は、昨年暮れふるさとの兄の家まで来て泊まって、翌日彼の住む鹿児島は隼人市まで共にドライブしたことを五十鈴川だよりに綴っているから、ご存じかもしれない。

いずれにせよ、今回のスパイラルアームズの企画も、私の古希からの4年間も含め、個人で抱えた大きな企画は、ほとんど無私で支援してくれる得難い友の一人である。特に私と京ちゃんは、1984年に設立した、土取さんとパートナーの桃山晴衣さんが創られた芸能堂【立光学舎】のワークショップで出会った。依頼交友関係が途切れたことがない。

お互い土取さんとの奇縁、彼は若き日、お互い20代、旅の途中ネパールで土取さんと出会い、私はロンドンで土取さんと出会った。お互いに強烈な影響を受けたもの同士である。あれから幾年月、その土取さんがスパイラルアームズを率いて岡山にやって来る。血が騒がないわけがない。岡山の窓口を私が引き受けると言うことで、万難を排して助っ人として参加してくれるのである。

4月30日の本番はもちろん、今回はわざわざ当日の事前打ち合わせをかねて来てくれるのである。多くを語らなくても同時代を生きてきたもの同士分かち合える、繰り返すがまさに得難い友と言うしかない存在である。居てくれるだけで私は安堵感に包まれる、のだ。理屈はない。

スパイラルアームズ岡山公演の支援者には身内以外、16名の支援者の名前が掲載されている。40年以上、30年以上、20年以上、30年未満の方々ばかりである。これほどの強力な支援者に支えられてエネルギーをいただき、今回の企画実現に私は向かっている。私はよき意味でのわがままな企画者をどこか自認している。私のような老いた(いい意味で)企画者は支援者(パトロンと言ってもいい)の存在なくしてはどのような小さな企画ではあれ実現することは不可能である。

人生の晩年にこのような至福感とでもいうしかない、旧交再会のひとときが数十年の、空白のあとに突然訪れる何てことは、スパイラルアームズを引き受けなかったら、まず有り得なかったにちがいない。そのようなことの、まるで夢のような出来事が期せずして起こってしまうことの醍醐味を今回の企画であらためてその事の不思議に想いを馳せてしまうのである。

東京都ではあるが、伊豆大島で(出会った時は東京の出版社勤務)実家の焼酎造りの跡継ぎをしておられるTさんとの旧交復活も有り得なかったにちがいない。会ったのは夢が原に視察残られたオープンして間もない頃の一回のみ。何故かうまがあい、何回か年賀状のやり取りをしたことがあったのだが、その後ご縁が遠のいていた。

そのTさんの年賀状があまりに素晴らしいので、ずっと保管していたのである。賀状を眺めているうちに急に厚顔にもカンパのお願いがてら一筆いれて、現況をしらせた

なんと突然お葉書を頂いた。きちんと我が父の文章を読まれたことにも触れられていて、私は一気にある種の名状しがたい感情に襲われた。年内なんとか時間をつくって、伊豆大島までTさんに会いに行くつもりである。京さんほか何人かにお声かけしようと思っている。

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