急にキーボードが動かなくなり画面にダイレクトに打っている五十鈴川だより。時間がかかるが仕方ない。外は雨である。
昨日午前中妻と、今県立美術館で開催されている、柚木沙弥郎展に出掛けた。私はあまり美術展とか展覧会とかにほとんど出掛けない。出掛けるのはよほどのことである。今回県立美術館に出掛けたのは星野道夫展以来である。
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日本民芸館で求めた |
なぜ出掛けたのかを書くのは、長くなるので割愛、はしょるが、ほんの少し打つ。柚木沙弥郎と言う名前が強烈に私には刻まれたのは、一年前聞いたラジオ深夜便のインタビューである。インタビューされたときの年齢が95歳、そのみずみずしいあまりの宝石のような言葉の数々に心から感動したのである。
東京は駒場東大前に、日本民芸館があるのは知ってはいたがいったことはなかった。そこで柚木沙弥郎さんの展覧会会が開催されている事を知り、私は何としても行きたくなり一人で出掛けた。柚木沙弥郎さんは昨年一月101歳で長寿をまっとうされ召されたので、おそらく再放送されたのを私は聴いたのである。
数少ない戦争体験世代の最後のアーティストかも知れない。戦後染織家として民芸作品づくりからスタートするが、晩年70歳、80歳以降の作品がまさに自由自在、であまりに素晴らしく、生命感に満ちあふれていて、見ていて幸福な気もちになる。岡山ゆかりの方であることを、今回あらためて再認識した。(生来のアーティストである)
ワクワクすることの、感動することの、ただ純粋に、心のおもむくままに、あるがままに、命が輝くことの、気持ちがいいことの、一切合切を生活者の一人として、生活が豊かに彩られるような作品を創造、想像された稀有なアーティストである。ナンセンスの極致の晩年の作品の豊かさは例えようもない。
まさに先生と呼びたい、心から慕いたくなるような語り口の方であられた。たまたまラジオで耳にした、そのあまりの自然体語り口のお声に打たれた。一日一日をきちんと生活し感謝して生きることの当たり前の奥深さを、先生から学びたい。妻と共にゆくことが叶い、よき時間が過ごせたこと、感謝を五十鈴川だよりに打っておく。
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