朝夕涼しくなり日の出が遅くなる秋、この季節が私は好きである。あの猛暑の夏が嘘のようにすごかったので、なにはとおもあれすすきの穂が揺れ、赤とんぼが舞う季節が訪れたことに、どこか安堵感を覚える。そしてあの暑さに耐えたことで、私の希望の秋がささやかに燃えそうである。
カマキリが・フロントガラス・秋来る |
昨日午後瀬政氏がシェイクスピアの音読の個人レッスンに久しぶりにやってきた。私はもうほとんど達観したような、来るものは拒まずといったあんばいで、以前のようにチラシ配布、募集をかけて生徒さんというか、レッスン参加者を呼び掛けることに情熱がわかなくなってきた。(だが矛盾するがシェイクスピア作品が好きな人に巡り会いたいという願望は消えてはいない)
長い交遊関係でシェイクスピア作品の魅力に気づかれた大切な方とのレッスンをまずは最優先したい、のだ。そしてこれからは、まず何より自分自身のためのふだんのレッスン時間を大切に生きることにしたのである。
その思いをつらつら綴ることは控えるが、これからの私の人生時間を、あだやおろそかには生きたくはないといった思いが、一段と強くなってきたからである。
61才からもう一度シェイクスピアの日本語による音読を続けておおよそ12年、一区切りつけ、新たな老いのレッスン、枯れゆく己の体に日本語の粋を染み込ませるような静かなレッスンを、自分自身のためにやりたくなってきたのである。
そのような私の中の変容に合致するかのように、瀬政氏が時おり個人レッスンに来られる。わざわざ我が家まで来て、私とのレッスンを所望されるかたがいれば、真摯にやるつもりではいる。基本的に上手下手ではなく、あくまでシェイクスピア作品が好きなかたとのレッスンを、その一点においての情熱を共有できるかたとのレッスンを私はやりたい。
さて、瀬政さんとの我が家での個人レッスン、瀬政さんからヴェニスの商人を音読したいという意外な提案、といったら失礼に当たるかもしれないが、昨日はヴェニスの商人の1幕と2幕を二人で2時間近く交互に音読した。何度音読しても厭きない。二人だけの豊かなリーディング時間が流れた。
思えばこれまで度々、わずか二人だけのレッスンを私は積み重ねてきた。二人だけのレッスンに、限りなく私は慣れているのである。これに神奈川に住む河合さんが時おり参加すれば、もっと楽しいレッスン時間が持てる。そのような友人に巡り会えた我が人生の幸運に想いをはせる時、もう十分なのである。
そして想う。いよいよあらし他シェイクスピア晩年の作品を限りなく丁寧に音読、老いゆくからだで読み込んでゆきたいとの思いが深まるのである。そして今年はチェーホフ作品の登場人物の音読も、声のでる間はリーディングしたいとの一念が確認できた事がとてもうれしい。