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2026-05-28

岡山に帰る日の朝、寸暇愛楽園の交流館の二階の図書閲覧ルームで打つ、五十鈴川だより。

 午前中3日連続愛楽園にきている。午後四時半までに那覇に戻るまで、午前中は愛楽園でぼーっと過ごすことにした。


昨日の続きを記録しておく。2日連続愛楽園の食堂でしょうが焼き定食とザクロのジュースを飲み、昼食を済ませて、そこから車で40分くらいの所にある、百安司墓(あんの字には手偏がつく)を訪ねる。純子さんに一ヵ所お墓にお参りしたいとお願いしたら、近くのここを薦めてくれたのである。

また後日、お墓の写真をアップするつもりだが、迷路のような場所に遺骨を納めたお墓があり、もう一度行けといわれても、年齢的に無理だと思うので、行くことができたこと、の有り難さを五十鈴川だよりにきちんと打っておく。

帰り道、畑の細道で迷って、途方にくれていたら、たまたま親切な女性が、おおきな道まで先導してくださり無事に午後3時でんハウスに帰れた。こういうまさに一期一会の無名のかたのご親切に、何故か私は救われる。今回もまた。

大きな道に出て、左右に別れる際の、そのかたの笑顔。沖縄の方の親切が染みた。

純子さんが創られたまんたーお婆さん

でんハウスでシャワーを浴び少し休んで、再び愛楽園で閉館前まですごして、午後5時桑江さんの家に。最後の夜、ご夫妻が私を名護市内にある居酒屋チョンダラーで、又もやおもてなししてくださった。

家から名護市内まで車で30分、良健さんが運転してくれた。したがって良健さんはお酒を飲まず、もっぱら私が酔いにまかせてしゃべった。(お二人とも根気よく駄弁を聞いてくださったこと、この場で感謝します)

私は旅が好きな移動人間である。が良健大人(たいじん)の旅は次元が異なる。良健さんの旅は、まさに地を這う筆舌に尽くしがたい移動の旅である。その時間のなかで独自の色彩空間絵画を創造された。

その成果、なのだとしかおもえない画業の達成、展覧会である。絵のことは私には分からない。ただひとつ分かるのは沖縄に生を受けた良健さんの全人生がこれでもかというくらい詰まっている、としかいえない。

その迷宮のような謎にひかれて、これからも元気な間、桑江ご夫妻に会いに私は会いに行くのは間違いない。そのようなお二人に可愛がられて、私は幸福である。

あじくーたーの世界、その会場の入り口で五十鈴川だよりを打つなんて思いもしなかった。


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