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2026-05-09

長周新聞購読丸三ヶ月以上経つ、そして思う、今朝の五十鈴川だより。

 春の朝は老人の私でも眠い。老犬メルの声で目が覚めた。つくづく有り難いことだと想うのだが、古稀を過ぎてからも眠れないということがない。早寝早起きであることは岡山に移住した40歳の頃からだ。

労働する日は、今だと四時過ぎには起きて、休日は五時過ぎには起きている。従って夜は早い。もうほとんど午後9時過ぎには自室に入る。今年から週に3回から4回、平均するとだが、20分程度、就眠体操を今のところ続けている。

言葉がない。

これは以前もちょっと触れたが、千住真理子さんがおやりになっていることを、勝手に真似てやっているだけである。
我流体操。電気を消して漆黒のなかでやる。一日動いてくれた体を労る体操である。効果てきめん、頗る体調がいい。(けっして無理せず体が気持ちよくなるだらだら体操である)

私の場合もの心つく頃から、全て我流を今も(必然的にそういう面白さのようなもの)続けている。無理しても続かないし、好きなことだけは今も続けられている。この年齢でも草刈り他の肉体労働ができるのは、ひとえに体が動いてくれるからである。我が体に感謝する体操である。

養老孟司先生の受け売りだが、人生さんぶんの一は無意識、寝ている。が脳ほか内臓は一瞬の休みもなく動き、働いている。睡眠の奇跡はいまだ深くは解明されていない。従って、いつか人はすべての事を忘れつつ、だからこそ新しい日々を、どこか新鮮に生きている、のだ。

臆面もなく、万座に恥をさらしつつ五十鈴川だよりを打つのは、季節の移ろいの儚さと我が肉体が移ろいゆく様を、点描したいと言う名状しがたい(すぎゆく万物流転の)、いわば煩悩が消えないからだろう。

話は変わる。M新聞購読を2年前から止めたことは何度も打っているが、今年2月から縁有って長周新聞を購読している。庶民目線の地方発の新聞なのだが、今更ながらの我が無知蒙昧さを知らされている。

長くなるので割愛するが、ちょっとだけ打つ。この新聞が折々取り上げる本棚欄は私を打つ。またイラン、ササーン朝、ペルシャの文化大国の歴史も教えてもらっている。ほとんどNHKのニュースでは取り上げることのない国際情勢の多面的な動静が、小さな紙面に写真入りで伝えられる。

アメリカの退役軍人数十人がイランとの戦争を止めるべく抗議声明をだしたこと、先のメーデーで全米500箇所でトランプの起こした戦争にデモを行っていること等、枚挙に暇がないくらいの志の高さでもって知らされる。老人であることは重々承知しているが、思考停止になるには早すぎる。

私はインターネット情報をほとんど見ない、信じない昔人間である。時代遅れを自認している。もっといえば直接情報しか信じない。それでも生活上ほとんど困っていない。気の塞ぐような志を持たないジャーナリズム(中身のない表面的な映像の繰り返しに終始する報道には呆れる)ニュースは見ない。

オープンソース情報、長周新聞(オシントという言葉は佐藤優さんから学んだ)だけでこれだけの世界の情報が、我が体に知らされる。ネット情報には痛みがない。無所属、五十鈴川だよりを打てる間は、地を這うように、庶民感覚目線で、報道の真贋を見究めるアンテナを磨かないと、危ない。(大いに反省する)

血を流すのは、戦争する両国の底辺庶民である。AI無人兵器には心がない。殺傷兵器が炸裂すればおびただしい人間の血が流れる。命ずる権力者たちは痛みがない。それがわたしには気持ち悪く恐ろしい。(嫌なことを他者に命じる人間をわたしは唾棄する)

主義主張は持たない私だが、自分の家族の誰かが戦地で倒れる想像力だけは、戦後民主主義教育を受けたものとしてなくしたくはない。

ある日突然何か得たいの知れないことが、勃発するのではとの危惧を覚える。人類初の原子爆弾は多くの民が戦争遂行に疑問を持たなかった日本の頭上に落ちた。あまりの想像力の無さに沈黙したくなる。お互いの国の生成AI、核兵器が使用されないことを五十鈴川だよりを打つ者として祈る。


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