よもやまさか、この年齢で新聞記事を切り抜くことを再開しようとは思わなかった。何故再び切り抜くことを始めたのかをくどくどと打つことは控えるが、自分の心がざわついたり、知らなかったことを教えられたりしたことを、読み流すのではなく、個人的記録として、遺したい、と考えたからである。
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| 瀬政さんから送られてきました |
長周新聞は月曜、水曜、金曜週に3日郵送されてくる。すでに3ヶ月半、40部以上新聞が届いている。そのうちの30部、昨日夕刻までかけて、妻にもらった不要な紙に切り抜いた記事を糊で張り付けた。その数30(表と裏に)となった。残り10部も今日中にやるつもりである。
わずか四ページの紙面の、一面二ページはそのまま残し、残り二ページの主に文化欄の、私が読みたい本などの、紹介記事など、心が動いた記事を主に切り抜きはりつけたのだが、目処がついた今朝思うことは、思いきって切り抜きを始めてよかった、ただそれだけである。
大新聞を手放した後、このまま長周新聞に出会わず、ずるずる老いゆく時間を自分の好きなことにのみ費やしていたら、視野狭窄の、片寄った思考に陥っていたかも、と改めてかんじいっている。切り抜くとき、嫌でもじっくりと文字を追う。(集中力持続時間が老いと共に弱くなる、全く肉体労働も同じである)
一度眼にした記事を再び読む。これが大事だと改めて知る。老い往く体と脳に刺激が伝わる。その気持ちよさが在るから出来る。日本に限らず、世界の無数の民、見知らぬどなたかと対話、繋がっているかのような安堵感を覚えるのである。
地に足を付け、踏ん張り、普段の私の生活圏では聞くことのでできない、話をすることが不可能な人たちと紙面を通じて、言わば繋がる共有感覚が生まれ、そのことが私に切り抜きのエネルギーを与える。
話は変わるが、長周新聞のコラムで芸人の清水ミチコさんが津軽海峡冬景色の替え歌動画、ホルムズ海峡冬景色のことを知った。直ぐに妻に話したら(私は世ほどのことがないかぎりユーチューブほかの動画サイトは極力避けている、簡単に見れるものは簡単に忘れるからだ)すぐにつまがアップしてくれた。
そのことを十数人の友人に伝えたら、Kさんがすぐに動画を送ってくれたので、その動画をすかさず友人にまたもや転送(それくらいは私も出来る)したところ、5名の方からリスポンスをもらった。どっこい皆反応がいい。そのような関係性の友の不在はあまりにも切ない。(バーチャルの良さも最近とみに感じている)
全然無反応なかたもいるが、それはそれで良いのである。ただ私は共有感覚、ものの見方、世界への問題意識、世界の痛みへの想像力を見失わない営為を、ささやかであれ続ける人たちと連帯したい。それだけである。
とまあ、今朝はこのような五十鈴川だよりになった。


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