来週末、25日から久しぶりに10日間の旅に出る。東京二家族に会うのと、新潟の縄文土器遺跡を訪ねたり、なんとか時間をつくって、31歳の時に富良野で出会い、今は栃木県の那須塩原で獣医として働くI氏を訪ねる、ということは決まっているが、それ以外は未定である。
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猪風来さんに頂いた資料の一部 |
5月の故郷帰省旅、8月の東京旅、に続く3度目の旅となる。還暦以後、平均年に4回位、春夏秋冬小さな旅を続けている。旅をしないと、私は窒息してしまう。
今回の旅、いつもとちょっと違うのは、新潟に(通過したことはあるが泊まったことはない)初めて新潟県に泊まる。目的は長岡の馬高縄文館と十日町博物館、埋蔵文化財センターを訪ねることと、、11月2日の縄文シンポジウム(自然と共に生きる未来)に参加することである。
猪風来さんからシンポジウムのことを知らされた。私はこれまで縄文博物館や縄文遺跡を訪ねたことがない。お恥ずかしいほどに私は縄文土器文化や、あらゆる文化全般に関して、無知蒙昧である。(ではあるが、これまでの我が人生に対して、今のところまったくといっていいほどに悔いはない)
おそらく猪風来さんに遇うことがなかったら、火炎土器が出土した縄文遺跡を訪ねることは、ひょっとしたら、私の人生ではあり得なかったかもしれない。俗世をさ迷うことに終始し、人生を終えたかもしれない。そのようなことを真面目に想う。でも、行きたくなったのだから往くのである。
この年齢での猪風来さんの企画イベントに関われたことのご利益は、私の未知(無知)の晩年の扉が開かれたことである。まだワクワクする自分がいる。そこが救いだ。せっかくゆくのだから最低2泊はする予定である。
18歳から(小学校六年生くらいから思春期も含む)折々、主に人、映像、演劇、音楽、書籍、自然との出会い、などなどの集積の上に、かろうじて生き延びてきた私の人生のこれまでに、新たに縄文文化と出会うことになる。オーバーではなく、老いながら、下りながら、縄文世界に導かれてゆくそこはかとない幸福感が今朝の私を包んでいる。
昨日も打ったが、決定的に縄文ワールドへの水先案内人は猪風来さんである。氏の醸し出すとてつもないオーラを私はこの一年の間浴び続けた。その事が私を縄文世界へと誘う。未だ変容する自分を感じる。老いの身に静かな情動が湧いている。どこか不思議でただ嬉しい。なにやらのお導き。もっと打つなら、老いゆくおのれを、縄文の渦に身を浸したい、のだ。未知の細道に触れたいのである。じっとしつつ、時折動く。うちなる感覚に身をゆだねたいのである。
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