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2024-12-01

昨日、吉永町の八塔寺ふるさと村まで妻とドライブ、そして想う、12月最初の五十鈴川だより。

 今日から師走、月が変わる昨日今日と連続して五十鈴川だよりを打つのは珍しい。どんな日も一日には変わりはなし、24時間の、悠久の永遠の一日を人間は生きる。そのような極めて当たり前のことを、極めて個人的な徒然なる想いを、ただ記録的に打っておきたい。

お蕎麦やさんの紅葉が見事だった

昨日、妻と二人で吉永町の八塔寺ふるさと村まで、忙中閑ありドライブした。ほとんどは日帰り近場でのドライブ小さな旅なのだが、今年は今までの人生でもっとも二人だけで出掛けている。土日に仕事が多い妻とは、なかなか一緒に過ごす時間がとれないのだ。お互いに適度な距離感をもって過ごし、我々はその事を大切にしている。

が、海を見に行ったり、お花を愛でたり、歩いて散策したり、庭仕事、ストーブの薪作り、DVDを観たり等々、ともに共通して好きなこともかなりある。妻はまだ高齢者ではないが、ようやっと、枯れつつの老い楽時間を共有、過ごしている。それもこれも、お互い健康であるがゆえの晩節夫婦時間である。

さて話を戻すが、お互い人混みのなかは苦手なので、何度か二人で訪れている、私の好きな八塔寺ふるさと村に行ってきた。家を出たのが10時半過ぎ、戻ってきたのが午後2時、ちょうどいい加減の、小さな夫婦旅ができたことを打てばもうよしなのである。

だけどもう少し打つ。家を出て吉井川を遡り、和気町へ。そこから佐伯町の山間を走り12時前についた。その間わずかな車に偶さかすれ違うくらい。紅葉もほとんど盛りを過ぎて、山間部は道路に散り行く多種類の木の葉が舞い、物悲しいがこの風情がたまらない。万物は流転する。一時宇宙の地球で授かった恵みを生きる。私好みの絶好のドライブを堪能ができた。

できたのはいいのだが、着いたらお昼、以前やっていた観光施設が閉じていて無人、お昼をここですまそうと思っていたので宛が外れ、空腹を我慢して備前の方に帰ろうかと思ったのだが、草を刈っていた村人に尋ねると一軒のお蕎麦やさんがありやっていると教えてくれた。

たどり着き、中にはいると薪ストーブが赤々と燃えていてた。妻も私も一気に来てよかったと安堵、人心地ついた。窓からはほぼ最後といっていい鮮やかな紅葉が望め言うことなし、その上鴨南蛮やおこわのご飯がとても美味しく、手頃な庶民的値段で大満足した。

ふるさと村は、我が家のような平地とはやはり比較にならないほど肌寒く、くつろげる薪ストーブの暖かい空間から、紅葉を愛でながらの昼食、慎ましくも静かで幸福感が全身に満ちた。よき休日となった。

家に戻って少し横になり暫し本を読んで過ごす。夕刻我が家の薪ストーブに灯をともす。夫婦二人での夕食も娘たちが巣立ち、10年近くなる。


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