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2019-07-12

孫の望晃くんに会いにゆく朝の五十鈴川だより。

好々爺という言葉がある。孫の存在がなければ、孫におじいちゃんとは呼ばれないから、あきらかに私は孫のおかげで、おじじといういわば社会的な存在になれた。

世間では目に入れても痛くないなどというが、孫が私にとってどのような存在であるのか、久しぶり、明日1歳4か月を迎える孫に会いにゆく上京前の朝の五十鈴川だよりである。

今日から4日間は完全なオフ時間に入る。年に数回このような時間がやはり必要である。社会的な時間と、プライベートな 時間の往還。

家族の在り様が急激に、あらゆる点でこんなにも変容、変化のやむなきに至ったおおよその この半世紀を生きた私にとって、何度も書いているが、家族はどこか私にはまぶしい存在である。まして2年前までは存在していなかった望晃くんが家族に加わったことで。

遊声塾を立ち上げてまる6年以上が経ち、この間のわが家族の変容は目を見張る。本当に人生は予断を許さず、シナリオなき展開というほかはない。長女に家族ができ、次女もこの夏に結婚式を挙げる。

そして私と妻は、ますますもって老境の境地へとの日々を否応なく歩まねばならない。このようなことを書くと、何やら寂しげだが、現時点でのおもいだがあえて書こう。

老いゆくことは、寂しくも悲しいことであるこを受け入れてゆくしかない 、でも絶対矛盾どこか孫の成長がうれしい、老いまたよしである。老いを受け入れ、新しい生を見守る。

これ以上は、現時点ではあえて書かないが、きっとあと数年もしたら、五十鈴川だよりは、生きていながら、死者たちと共に生きる、死との対話、死を意識的に考えるための思考ブログになりそうである。(いまだってかなりそうである)

妻と共に上京するのは久しぶり、妻が仕事を辞めたので実現。実現するのはうれしいが、その間母が、メルと花のお世話で我が家に泊まってお世話をしてくれる。母だって元気であるからお世話ができるが、やがてはできなくなる。

今はまだ、自転車に乗って我が家に来れるがそれもかなわぬことになる。あらゆることをきちんと受け入れる覚悟を今のうちから、可能な範囲でやっておかねばとの思いが深まる。

だから綴りながらの自己対話する。書くという内省的な行為は、精神の揺らぎを鎮める。宗教とは何か、禅的な暮らしとは、今のところ書き続けることで どこか初老男は、精神のバランスを取る。

おのれの命運は己自身との対話の中で、流れてゆくしかない。話を戻す、母が元気でいてくれるおかげで、我々は孫に会いにゆくことができるのである。誰かが嫌なことを(そのことの役割を引き受ける、喜びとして、母のすごさを感じる)引き受けてくれるから、この社会はかろうじての均衡、機能を果たしているのである。

それが何という在り難いことであるのかが、ようやくにしてわかる年齢に私もなってきたのだと思う。だからやがては私もどこに行けなくなっても、母のように娘や孫たちのお役に立てる、おじじになるためには、と殊勝に 考えるのである。
孫の望晃くんに音読してあげたいとおじじは夢見る

おひとり様とか、孤独の勧め、とか孤独をいかに生きるかとか、紙面によく見受けられる世相だが、千差万別の家族や、個人の生き方があってしかるべきであって、何人も比較しようもないおのれの一回こっきりのあたえられた、生を全うするしかないのが無常なのである。

ともあれ私には家族がある。普段はなかなかに会えないからこその喜びが老いの体に湧いてくる。孫のためにというとおこがましいが、命の連鎖、孫の存在は私にどう老いてゆけばいいのかを照らす。(そのような気がしてならない)

私が曲がりなりにも、初老男として元気に今を送れるのは、きっと孫を含めた家族の存在があるからだろう。私は考えるか弱き葦草である。人間とは家族を含め多くの方に迷惑をかけながらにしか、生きられないか弱き生き物である。だからこそ、、、。これ以上は一文を引っ込める。

ともあれ孫の望晃くんを含め家族に会いにゆく。戻りは月曜日、もちろん五十鈴川だよりはオフだが、レイ君のパソコンで書くかもしれない。





1 件のコメント:

  1. 偶然にも私の初孫も1歳5か月です。一人歩きで外に出るのかとても楽しいようですが、目が離せません。

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