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2015-01-28

寒空に・一声発し・いまを生く

先週の土曜日は妻の誕生日だった。ささやかに、家族全員で祝えたことが一番よかった。下の娘が料理人になり、すべてのお料理をつくってくれた。妻はもちろんだが母がことのほか嬉しそうだった。

誕生日には、やはり不思議と出会った日のことをいまだ私は鮮明に思い出す、私が34歳、妻は26歳だった。

あれから、29年の歳月が流れたが、アッという間という気がしている。下の娘も来年は社会人になるため、何とか親としての最低限の務めを終えようとしている今日この頃の日々というわけだ。

来月私は63歳になり、来年はいよいよ、結婚30周年ということになる。漸くにして私も人並みに夫婦になってきたのだなあ、という感慨を持てるようになってきた、気がしている。

まったく異なる環境で育ってきたもの同士が、一つ屋根の下で暮らすということは、やはりなかなかに困難が伴うものである。

いまはまだまだ人生修業中の身、多くを語る気にはなれないが、この人との出会いが私に与えた大いなる幻影にも時折感じる現実は、いかんともしがたく私の(大げさだが)運命を変えてしまったことは事実である。

さて、話を変える。これまでの人生で私はたびたびの転機というか逆境を生きて生きたが、冷静に考えると、いまもまた転機を迎えているのではないかといえなくもない。

サンナンの農の灯は 、会社としては消えゆく形だが、A専務をはじめ何人かで独立して、農を継続してやることになるだろから、何とか私としてもここは踏んばらねばと考えている。

苦しみと悩みはまったく異なる。悩みはあれど、苦しみは今のところ私にはない。どちらかといえば、希望のほうが私には大きいので、限りある人生時間を農にかけてみたいのである。

サンナンで働き始めてからの私の姿を(これまでもだが)一番身近に見てくれている家族が、何よりも応援してくれているのが私には一番ありがたく勇気づけられる。

作物を作り、流通業者を介さず個人レベルで販売してゆくのは至難のことであることは承知しているが、お手上げになる、万策尽きるまではあれやこれや、やれることはなりふり構わずやってみようという心境である。

自分が初めて企画したイベントのポスターをあちらこちらに怖いものなし、配布していたころを思い出す。自分が企画したものには、ことのほかの愛着が起きるが、自分が育てたネギを売ることも、本質的には実に似ているような気がしている。

見ず知らずのかたのお店に、ネギを買ってほしいと 頼むのははなはだ勇気がいったが、考えてみると、商いとしては原点と言ってもいいくらいの行為なのだからそんなに臆することもないのだという、いい意味での、開き直りというか、世の中に初めて出たときのような原点帰り的な感覚が最近蘇える。老いてはいても、青春のしっぽが残っている。

そして、こんなことも時間的にいつまでもは出来ないのだから、悔いなくやったらいいのではという家族の応援あればこそである。

都会で、どこの誰が作ったのかもわからない野菜を食べ続けてきた私である。A専務も私も無農薬の安全な野菜を作り、顔の見える方たちに廉価で届けたいという、単純な思いしかないのだ。(そのことが現在の構造ではこんなにも大変とは、でもだからこそやりたいのだ)

とびとびに時間を見つけて、午前中や夕方のほんの隙間の時間、始めてまだ10日にも満たない直接商いを、まったく知らない方にやってみて思うのは、当たり前だが厳しいという現実だ。

だが、厳しい現実は承知で農を始めたのだし、はなはだ能天気な私はそのことを楽しめている。だから、続けられるのだ。 売れた時の喜びは私にしかわからない、面白い。商いの不思議さ。





それを書くと大部になるので省くが、ささやかではあれ、お金を稼ぐということがいかに大変かということを若い時にいくばくかは体験してきているので過去の経験が私を大いに助けてくれる。

有難いことに私には余裕がある(経済的な意味ではありません)だから、 動き回れる。見知らぬ他者は、いまだ私を鍛えてくれる。書を捨てよ人に会え、ということだと(時間は限られている)感じる最近だ。(読む本が少し変わってきました)

ギリギリのところで踏んばると、気持ちよく心身が活性化するのがよく自覚(わか)る。犬も歩けばと、ちりも積もれば的な人生を歩んできた私なので、このままゆきたい。

ぎりぎりを愉しむ感覚と体をまめに動かすこと、よく笑うことが、ボケない一番の肝心なところではないかという気が最近する。

認知能力を持続するためには、1日1日を昔の人のように体を動かすしかないのではないかというのが、今のところの私の結論だ。母は新聞しか読まないが、私より豊かに生きている、負ける。

不完全な人間という器、最後は誰かに迷惑をかける。 だが可能な限り、自分という器を母のように動かしたいものである。


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