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2026-10-28

お墓参りに帰省する朝、寸暇打つ五十鈴川だより。

 夏休みの異国旅から戻った翌日から労働に復帰、それから何かと忙しくしていたので、お墓参りに帰ることにした。夏の大きな地震で大変な思いをしている人びとの住む熊本、駅まで、何と次兄が愚弟の私を迎えに来てくれる。その事が今回の帰省で一番嬉しい。その事が打てれば、もう今朝の五十鈴川だよりは打つことがない、のである。


熊本駅まで、岡山から新幹線でおおよそ三時間、(門川から熊本駅までもそれくらいの時間がかかる、が次兄は迎えに来てくれる)予定では10時には着く。出発まで少し時間があるので打っている。外は夜明け前まだ暗いが、この何とも言えない起きたての静かな時間帯が、こよなく私は好きである。

夜明けの太陽をこのところ雨の日以外、毎日眺めている。毎日日は昇る。お正月の初日の出を詣でることはなくなった。日々詣でるのである。昨日は西の空に満月がぽっかり浮かんでいて、思わず写真を撮った。

情報漏洩に関する報道、イスラエルの選挙、などなど、重要なニュースにのみ、そっと耳を傾ける。それ以外はほとんどテレビを見ない生活である。が、私の生活には支障がない。ただひたすらの、超シンプル老夫婦生活が送れている、平和とは心が穏やかに過ごせることである。

月の明かりは、人を穏やかな気持ちにさせる。だから古びとの歌人たちは月に心情を託し、歌を詠んだのであろう。根気のいる労働からのお墓参り帰省旅は、この十数年のルーティンである。五人姉兄弟未だ健在である、その事が嬉しくめでたい。がやがて嫌でもお別れが、、、。だからこそ、帰れるときにかえるのである。

PS  今朝の一句、起きたての.体に沁みる.月あかり。親ありて.兄弟ありて.今がある。

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