妻から聞いて知ったのだが、村上龍が(同じ年齢なので敬称略します)亡くなった。会ったこともきちんと読んだこともない作家なのである。が、氏が24歳で、限りなく透明に近いブルーという作品で芥川賞をとり、一躍時の人となったときの事はよく記憶している。
当時私は、水道橋にかってあって今はない、旭屋書店で昼働きながら英国に自費留学費用を貯めるために、夜は小さな出版社の宿直を週に3日、ただ働いていた。書店で働いていたのは4年近い。
(この4年間の日本脱出の為の貯金引きこもり生活がその後の人生を変えたことは間違いない)村上龍の芥川賞文壇フィーバーは同じ歳の私にはまぶしいというしかない、ほどのもので、生活するだけで必死の私は、ただ対岸の別世界の出来事だ、くらいの認識しかなかった。
すでに何度か打っているかとは思うが、私がある程度落ち着いて本を読む、てばなせない生活のなかでの時間が持てるようになったのは、40歳で岡山に移住してからである。が、例外時間がある。25歳から26歳にかけての一年4ヶ月の英国自費遊学である。この時間のおかげで私は日本語に目覚めたというか、本を読むようになったのは間違いない。異国で、あの遊学時間日本の文字を読む、書く(お恥ずかしくも拙い語彙で)時間を過ごさなかったらと想うとゾッとする。
話を村上龍氏の訃報に戻すと、2005年の半島を出よ以後書き下ろし長編を書かれていたのかどうかを、私は知らない。だが分野はことなっても、またどのようなお仕事をされてはいても同世代、まして同じ年齢の人の訃報はズシンとくる。
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| 下記に記します |
私も来年早々には後期高齢者である。一寸先の命運等は予測無しにやってくる。その事に思いを馳せる。
人生100年時代などとメディアはかまびすしいが、私を含めた日本の高齢者が、内実いかほどに充実した晩年を生活されておられるのかは、一切数値で計れるものではない。
私は想う、生老病死の中でも、老いて病を抱えながら充実した生活を送ることは極めて難しい、との認識が私にはある。世相、世の流れは、長生きを奨励しているが、臥せっての長生きは、臥せってもいない身での発言は控えたいが、
(本音、思考もままならい寝たきり老人になったら、私は静かにあの世へ旅立ちたい、死はあの世、宇宙への回帰である。進んだ現代の医療での延命措置は不要である。その事をきちんと五十鈴川だよりに打っておく。来年後期高齢者を迎えたら最低の遺書は長女に文章で伝えるつもりである。あくまでも思考、意思伝達ができ手足が動く間は寿命を全うしたい、と現時点では考えている)
いずれにせよ、同世代の訃報は、過ぎし来しかたを嫌でも考えさせずにはおかない。その事に思いを馳せる時、これからの未知の老いの領域をいかに一日一日過ごし、生きてゆくのかをこそ大切にしたい。
PS 村上龍氏の2005年の書き下ろし本、本棚にあった。時間を見つけて読もうとおもう。心から冥福を祈る。

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