今週も無事に4日、午前中だけだが労働をしゆっくりと五十鈴川だよりを打つ(打てる)、私にとってのささやかなお楽しみの土曜日の朝がやってきた。似たようなこと、日々の雑録的な、だが私にとっては、大事なことを、まあ飽きもせず綴り打っている。
61歳から始めた五十鈴川だより。もう丸14年以上打っている。単なる自己満足的な、老人よれよれ日録になりつつあるのを、どこかで自覚しつつも、労働ができる間は続けたく思うわがままな私がいる。
何度か打っているとおり古稀以後の炎暑は、私の労働意欲を削いであまりあるが、途中の夏休みをいれ何とかすれすれのところで踏ん張り、大好きな秋を迎え、午前中涼やかな秋空の元での労働は、例えようもなく気持ちがいい。この喜びはやっている、つまり私だけが知る喜びである。それもこれも、体が動くから為せることである。命の物種、森羅万象への感謝は歳を重ねるごとにふかまる。
さて、いつものように話題を変える。本を手にするには最適な季節の到来である。私は全てにおいて、気付きが遅く、自分でも晩熟型であるとの認識を持つ。私が本格的に本を手離せなくなったのは、お恥ずかしくも40歳で岡山に移住、中世夢が原で働き始めてからである。
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| 下記に記します。 |
西大寺から新倉敷までの往復電車での時間は、私を決定的に本好きに変えてしまった、と今想える。いまもそうだが、私は遅読である。がすう十年の継続で脳内のシナプスがずいぶん反応するようになったのか、 老いつつも、本にもよるが速くなってきている。(錯覚かも知れない)
ますますもって、本好きになってきているのは間違いない。本は次の本を生む。読めば読むほどの無知蒙昧を結果知らされる。老いつつも次々に手にしたい本が現れる。だから私はありがたくも退屈しない。前回日本語の未来について、危惧されている識者の本をアップしたが、拙い私ごときが、五十鈴川だよりを打ち続けられるのは、幾ばくかの身に付いた日本語のお蔭である。
テレビが普及、我が家にテレビがやって来たのは10歳、小学3年生の時である。以来64年、世はますます映像優位時代、本を手離せないような人間は、今や絶滅危惧種といっても過言ではない。映像洪水の中、思考力を養う日本語読書離れは由々しい事態を招くのでは(すでに招いている)ないかと、私ごときでも案じてしまう。
日本の未来を担う、日本の子供たちには(孫たちには)、最低限の日本語の、先人たちが紡いできた、言葉の素晴らしさ、豊かさを伝えねばと、お爺の私は危惧するのである。絶滅の危機にあるのは動植物ばかりではない。私を含めた、日本語力低下の、同世代のあまりの危機感の無さは、時に私を呆然とさせる。(自国の文化を尊重できなくして、他国の文化を尊重できないのは当たり前である。)
日本語で思考する力を日々養うためにも、先人たちの紡いだ鍛え込まれた日本語に触れ、己の日本語を磨ぐ訓練を積まねば、と今更ながらに学びたい私である。(気づきに年齢は関係ない)
PS 最後の碩学、漢字の成り立ちを生涯かけて解明した大家、白川静先生に私淑された方の本、読みやすいのでどなたでも読める。素晴らしい。このような学者が居られたことが日本人として誇らしい。松岡正剛さん(と呼ばせていただく)にも白川静先生について書かれた本がある。

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