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2026-06-26

瀬政さんから思わぬメールをいただいて思う、降り続く雨の朝の五十鈴川だより。

 二日前、盟友と言ってもいい瀬政さんから、有難いメールを頂いた。嬉しかったので瀬政さんからお許しを得て、瀬政さんの実名で、瀬政さんを知る家族や、兄などにメールを転送した。

瀬政さんとは、この激動の時代、人心が絶えず揺れ動くなかにおいて、すれすれのところでの交友が、あうんの呼吸で続いている。先日のようなメールをもらうと、普段の生活のなかでの交友時間が少なくても、きちんと五十鈴川だよりを読んでくれている、のだと感じ入る。

大なり小なり、私などは自分のことに精一杯で、他者のことに思いを(五十鈴川だよりをきちんと読んで、コメントするのはよほどのことである)馳せることが至難である。だから有り難く嬉しい。しかもありきたりなメールではなく、それも面映ゆいほどの文面である。

25年位前、南インドカルカッタでの瀬政氏

ほとんど人に誉められたり、評価されない、思い返せばお恥ずかしいほどの人生を、よたよた(今もでである)なりふり構わず生きてきたので、後期高齢者の今、このようなメールを頂くと、じわっと老いの体に血が駆け巡る。だれかがどこかで見ていてくださっているのだと。

凡人なりの五十鈴川だより、折々綴り打って来なければ、このような有難いメールはいただけなかったのでは、と思う。

素直に自分の体と心が気持ちのいい方向に流れて行きたい、という感じは、老いるにつれてますます深まる。この年齢になると、ぶっちゃけ、現世での、世間の価値観などどうでもよろしい。

マイノリティであるからこその、オリジナルあふるる時代に流されない、棹さして発言する人に私は限りなく惹かれる。それと体を張って生きている人間に。職業は関係ない。ただ一寸の虫の良心、心意気、誇りを持ち、戦争だけは忌避する志を持ち続けるヒトと繋がり、連帯したい。

やむにやまれぬ事情で一時撤退しても、じんわりやりすごし、再び時期が来たらアクションを、あくまでも平和的に思考実践する。そのような個人的行動、私の文面を、面識を得て30年以上、瀬政さんは私が岡山に移住して、間近で私のあれやこれやを、いつも側面的に支え、見守ってくださる得難い方である。

一口に30年、生まれたばかりの赤ちゃんが30歳である。しかもこのような御時世に関係性が持続してきたことの(良き思い出ばかりではない)不可思議をおもう。その不思議な事実を私は五十鈴川だよりに打たずにはいられない。人の心は移り行くのが摂理、自然であるからだ。

長きの間、付かず離れずの交友で、氏から何度か長いお手紙も戴いている。今年からあらゆる処分をしているが、決して処分できないお手紙は、私とともにあの世に行くことになる。現世で稀な交友が持てた幸福を頭がしっかりしているうちにきちんと打っておく。でないときっと後悔する。


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