雨が降っている。我がふるさとを始め、各地で大雨が降りそそいでいる。2018年(だったと思う)すぐそばの砂川の上流が決壊し、一日ボランティアをしにいったことがあった。以後梅雨の最中に、各地での浸水によって家が水浸しになったり、道路が土砂崩れになったりする映像を毎年のように見る。(天変地異には言葉がない)
つくづく、いろいろな意味で生と死、悲惨な出来事は、他人事ではなく、何時なんどき我が身にも起こっても不思議ではない、のだと想い至る。これまで無事に生きてこられた事、アクシデントを寸暇の手前でしのぎ、生き延び、平凡健康で存在していることの有り難さを、雨音を聞きつつおもう。
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| 言葉を失う本である。 |
さて、昨日雨の中何とか労働し、今月はもう今日からお休みである。妻は雨の中での労働を、心配する。確かに年齢を考えると無謀な行為に見えるのも無理はない。現代人にとって雨の中での労働、第一次産業、力仕事などの労働は、どこかスマートさにかける趣があるように見える。が私は意にかいさない。私に合っている、のだ。
(もっと打てば、食い物、米、野菜、肉、魚、宇宙の摂理ゆえに、戴ける、もっとも生物にとっての命の元素、そこを一番大切にせず、金儲けの手段を最優先し、第一次産業を大切にしない国をわたしは信じない)
私のアウトドア大好きは、自分でいうのもなんだが筋金入りなのである。小学校から中学生までのほとんどを(学校以外で勉強をした記憶があまりない)アウトドアで過ごし、富良野、築地、中世夢が原、そして九年目に入ったいまの労働をいれると、7割位アウトドアでの人生時間を歩んでいる。だから、お日様が出ている時間、インドア生活は私には無理、できないのである。
環境のなか、生物体としての私は、水を得た魚のように、外の空気、光が体に直接はいらないと酸欠状態になる。(のだ)、労働の前、夜明けの空気と光に包まれて、しばし一人時間を倉庫で過ごすのが、この八年、いまもわたしの無上の楽しみの時間である。
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| レイさんが稲城の菜園場で育てた見事なきゅーり |
冷蔵庫があり、コーヒーが飲め、朝食も採れる。誰にも邪魔されずに、沈思黙考(おしゃべりな私だが一人なのだから、当たり前誰ともはなさない、自分と話すのみ)できる、今や私にとって必要不可欠な場と空間なのである。
とここまで打って、話を戻す。もちろん毎日が雨であれば嫌気もさすだろうが、月に数回なら何て事はない。積み重ねてきた経験値が体に染み付いているので、もうアカンと思えたところで止めるだけ、それ以上やるのは愚である。諦めるのである。
子供の頃、雨の中で泥んこになって遊んだ記憶が未だ残っている。濡れた体を拭いて、母が用意してくれた衣類に着かえた時の気持ちよさを、私は忘れてはいない。(宝の想いでである)
作業ズボン他、肌着から一切合切常に車に積んである。だからこの程度の雨ならしのげる目処を、体が知っている。雨が上がり、日がさして来て、草むらから靄が立ち込めてくる様は、幻想的でしばし幼年期の原風景が甦る。記憶のなかの幼年期の自分と現在の自分が交差する。誰もいない。草刈り機の音が響く。
終えてお昼、家で温かい麺類をいただく。労働の後のお昼は、この歳でも格別にうまい。お恥ずかしながら、美味しく頂くために、わたしの場合労働している面もある。歳をとり食事が美味しく頂けるのは、果福である。


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