6月12日の長周新聞で、ボリビア.ウカマウ集団の全映画作品が7月4日、東京都小平市、学園坂スタジオで連続上映されることを知った。
もし長周新聞を購読していなかったら、ラテンアメリカ先住民の生き方を、記録に収めた映画を観ることは永久になかったかもしれない。この記事を読んで、ちょうどひさかた孫たちに会っていないし、時折、最近孫たちから電話がかかってくるので、お爺としては何かにかこつけて、叶うものなら、意味もなく孫たちとの時間が過ごせれば、とのおもいなのである。
だから、来週26日から7月5日まで、急遽上京する事にした。というわけで我が高齢者生活は何かと忙しい。老いを受けいれながら、体が自然に反応する記事や本からの刺激に、素直で有りたいだけである。次女の住む三鷹から小平市は近いし、長女家族にも会いたい。
何度も打っているが、娘たちに恵まれ家族を持て、その上次々と孫に恵まれ、お陰で元気に労働するエネルギーを個性豊かな孫たちから頂いている。爺バカを自認している。我が年齢を冷静に考えると、3ヶ月に一度位の頻度での孫との時間は、老いの悦楽、こればかりは老いたからこその果報である。(これからの数年はとくに大切なのだ)
もしこれが、年金生活だけであれば、悲しいかな三月に一度の、孫たちとの逢瀬は、ちょっぴり寂しい。丸八年以上、元気に労働出来ていることの幸堪を想うとき、じわり込み上げてくるものがある。動く体と少々のお金は絶対的に不可欠である。だから、働くのである。
一昔前だったら、とうにあの世に召されている年齢である。が幸か不幸か、もちろん若い頃とは比すべきもないが、個人的日常生活のなかで、いまのところ殊更に老いを実感する頻度は多くはない。連続一時間以上草を刈れる体力があるし、本を読む、読める集中力も(深く味わう想像力、知的感受性は増しているようにさえ思える、臆面もなく)かわらない。
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| 梅雨の朝、紫陽花眺め、五十鈴川。 |
一つの記事に体が反応する。多分これが無くなったときに、老いをただ静かに受け入れたい。多分その時には孫たちとも遊べなくなる。それでいいのである。それが自然なのである。会えるときに会っておく。喰えるときにくっておく。刹那、刹那、一日一日を大事に生活したい。これが信条になりつつある。
こういう心持ちになれたのは、桑江良健、純子さんの住む、隣にある近さの愛楽園で、これまでの人生を振り返る時間が持てたことが起因している。(そこで考えたことはちょっとやそっとでは打てない)それから長周新聞(新聞を直接手渡しされたこと)沖縄支局のGさんとの出偶いが、大きい。
ややもすると、岡山での足りた生活の中で、埋没しかかっていたかのようなわが高齢者生活に、Gさんは日本人の一人としての私に、根源的に物事を考えてほしいとの願いを直接伝えてくださったのである。正直、沖縄の歴史についてのあまりの無知蒙昧さに内心忸怩たるおもいを、抱えている。
が、私はGさん、桑江良健さんに出会えたことで、目には見えない変化が、起こっているのを感じる。その感じは、これからGさんや桑江さんとの関係性を深めてゆくなかで、自分がどのように変化するのか、しないのかを見つめたい。


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