昨夜は16歳のロミオや同世代のティボルト、ジュリエットの父親ほかいろんな人物を音読したので、年齢を忘れいまだ精神が高ぶるのである。
精神が高ぶっていて、すぐに睡魔が訪れなくても横になり、じいっと闇の中で物思いにふけっていると、気が付くと眠りに落ちている。
ところで、雨は落ちていないが雨模様の朝である。今日は午前中の仕事はなし 、ゆっくりと五十鈴川だよりで始動する。
シェイクスピアの輪読遊読会を始めることはすでに何回か書いているが、3月24日午後に、とにもかくにも第一回がやれるところまでこぎつけている。
ひょんなことから、遊声塾のレッスンに参加されるようになった塾生のNさんが、私の苦手なことをすべてカバーし、素晴らしいチラシを作ってくださった。今週中には出来上がる。
Nさんのおかげであっという間にチラシができた(感謝) |
この6年間シェイクスピアを音読し続けてきたことで、私自身の初老生活がいかに充実してきたかは、私自身が一番自覚している。
だが、冷静に考えると、老いながらあの膨大な、時に魔術的なほどに絢爛豪華なシェイクスピアの登場人物の言葉を、性根を入れて音読できる時間は、指導は別にしても私には限られている。動かずば悔いが残る。
だからなのだ、悠々として冷静に急げ といった心持の体のわたしだ。チラシ配布などは企画者を辞してからはほとんどやっていないのだが、効果のほどはさておき、15名くらいの輪読参加者を募るために、やれるだけのことはやってみようと思っている私である。よしんば参加者が募れなくても、後悔だけはしたくない。
だから今日は時間を有効に使うべく、何人かのひとにアポを取り、会いに行こうと考えている。
思いついたら吉日、何はともあれ行動あるのみである。
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