30年ぶりといえば、ずいぶん長い時間である。だが我々はすぐ昔時間へと回帰した。やはり理屈抜き、苦楽を共にした仲間というものは、かけがえがない。
スマホやパソコンがなかったら、あるいはこのような再会時間というものは、ありえなかったかもしれないと思うと、素直にハイテクにわたしは感謝した。
あらためて大事な関係性を育むということの、困難さと在り難さ、いわば絶対矛盾を抱えながらも、小難しいことはさておき、我々二人はなんともはや思わぬ再会のひと時を、わずか一夜ではあったが堪能した。
彼は私より7歳若いのだが、それなりの年齢になっていた。今は木工作家として自立している彼だが、いまだ私が悩みながら歩んでいるように、彼もまたこの厳しき時代を、真摯に生きているのが感じられて、お互いの富良野塾魂を確認し合った。
6月20日朝別れの前に記念撮影 |
とにかく、わざわざ訪ねてきてくれたのだ。富良野塾創設メンバーとしては、卒塾して以来新しい生活、子供を育てることに邁進し富良野の同期生たちとの再会はとんとご無沙汰だったので、内心面はゆい気持ちが心の片隅に在ったのだが、そんなことは全くの杞憂、私との再会を心から喜んでくれた。
私も本当にうれしかった。子育てを終えた今後は、再びの新しい関係性が築いてゆける、有難いことだ。
数は多くはないが、北は北海道から南は沖縄まで各地に訪ねるべく朋がいるということは、晩年の人生をなんと彩鮮やかにすることか。
青春時代のわが良き友を、妻は私の34歳までの人生体験をまるで知らないにもかかわらず、きちんともてなしてくれた。
M氏は岡山の地で、人生再出発しての現在の私の暮らし、卒塾後の暮らしぶりをM氏はきちんと見届け、わがことのように喜んでくれた。
いつの日にか、家族全員でM氏のいる北海道を旅する楽しみが私の中に宿った。わざわざ来てくれたお返しに、今度は私がゆきますからねと、M氏に五十鈴川だよりできちんと伝えておきたい。
Mさん、来てくれて心よりありがとうございました。
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