氏は木工作家であり富良野を拠点に仕事をしているが、冬場は時折暖かいところで仕事をしているらしく、(相生で仕事をされていて)岡山の私をわざわざ訪ねてきてくれるのである。
本格的には30年ぶりの再会である。青春の終わりの苦楽を共にした仲間が会いに来てくれる。有難きかなというほかはない。
いろんな意味での苦楽を富良野塾で経験したことの大きさは、いまだゆっくりと振り返り検証できないほどである。
もっと言えば振り返らなくて検証しなくても、大変な思いをした人が多くを語らないほどに、そっと青春の終わりの良き体験をしたとの思いを抱えて、自分の宝の思い出として そっとしまいこんでおきたいほどなのである。
10代、20代、30代があってこその、私の今がある。まさに青春時代、か細き道を乏しい才能でよく走ったものだ。無謀極まる冒険を(あくまでわたしレベルのことです)やれたものと、何かに素直に感謝するほかはない。
水滴が残る我が家のボケの花 |
もっと時間が経ったら、ブログでは書けない、(書きたくはない)ことも、娘たちには書き残しておきたいことがいくつかあるのだ。
娘たちが成人を過ぎたころから、折を見てわがお恥ずかしき人生を語ってはいるのだが、きちんと文章で伝えておきたいことは、亡き父のようにわずかではあれ伝えたく今は思っている。
うれしき再会ができるということは、お互い何はともあれ、元気に現在の生活を送れているということなのであるから有難いことだと思う。
年齢を重ねたからこそ、広く深く相手を思いいたれるような感覚が 、ようやく自分の中に育ってきたように思える。
当時は生きるのに精いっぱいで、何も見えない霧の中をひたすら歩んでいたように思えるのだが、苦楽を共にした仲間というものはかけがえのないものだ。
その仲間に会いたいという気持ちは、M氏と同じように理解できる年齢に漸く私もなったのだ。
ともあれ忙中閑あり、今夜は無意味に語り合い、遠来の友といくばくかのお酒を酌み交わし、旧交を温めたく思う雨上がりの朝である。
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