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2014-01-11

心から嬉しく、感動したお手紙を、2014年の始まりに頂きました。

昨日仕事を終えて家に帰ると、一通の封書が届いていた。文字を見てA氏からだとすぐ分かった。

共働きなので、私がやらねばならないことを済ませませ、よく動いた冷えた体を湯でいたわり、父が生前愛用していた丹前に着かえ、夕食前ゆっくりと読んだ。

お手紙は、素晴らしい内容で私は意味もなく、ただ感動した。その私の思いを、短い朝ブログの時間で伝えることは控えるが、こういうことが起こるからこそ、私は企画を22年間も続けてこられたのだということを、一瞬で理解したのだ。企画し続けてきてよかったと。

氏との交流が始まったのは、2003年日韓パーカッションフェスティバル。今でも思い出すが企画者の私にとってこれ以上のおほめの言葉はないくらいの、素敵な文章を氏は書いてくださったのだ。

このように私の企画を受け止めてくださる観客がおられることに、どれだけ私が勇気や元気を頂いたことだろう。

そして、今また私に対してこのようなお手紙をくださる氏との交流は、私に何と表現してよいか分からぬほどに、人生の淡い、微妙で繊細きわまる喜びを、私に感じさせるのである。

氏のお手紙で、長い長い病を克服され、新しく人生をやり直す強い決意が丹精な文面にあふれていてた。私は何度でも人生をやり直す人に心から惹かれる。

心から嬉しく、こういう人間的な交流をしたいからこそ、私は22年間も企画を続けてきたのかもしれない、とさえ私は思った。過去形になったのは私が企画をやめたということではない。

企画は昨年でもっていったん卒業という思いが、わが心を包んでいるのだ。現時点でのアウトプットはおしまいという感覚。今はただ畑とシェイクスピアを耕すことに時間を費やしたく、腰を据えたいのだ。

命を輝かせてやまない、このような素敵なお手紙に恥じない生き方を私もしてゆきたいし、このようなお手紙のやり取りができる方々と、これからの一回こっきりの人生を歩めたらと改めて思った。

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