だからよその国の放送局、BSでのワールドニュースをもっぱら見ている。さて、1948年イスラエルが建国を宣言してから、70年目の節目にトランプ大統領がエルサレムにアメリカ大使館を移転したことによる、パレスチナ人のガザ地区でのデモに、イスラエル軍による銃撃で、報道によれば40人が死亡、5000人以上が負傷したとある。
無知な私は(ほんとうに無知は感性をダメにする)知らなかったが、5月15日はイスラエル建国により、大量のパレスチナ難民が発生したナクバ (大惨事)を思い出す日だそうである。その日に向かって人々が抗議のデモを続けている中での、まさに再び大惨事が起きたのである。
ガザ地区での悲惨の向こう側では、アメリカ大使館の移転を祝う行事のニュース映像が流れる。あまりの両者の世界の非対称、残酷さ。
遠く離れたところで、無残極まる映像を見ながら、いうに言えぬ両者の側の、理不尽な不毛さに、言葉がなく、ややもすると無関心になりがちな、己の日常に忸怩たる思いにかられた。
中東の歴史に対する私自身の無知はさておき、両国のどちらの側が正しく、正義があるなどとは、軽々に述べる愚は控えるが、ガザ地区のデモに参加している人々が、イスラエル軍の、近代兵器に対して石やゴムのパチンコで応戦していた映像には、胸を突かれた。
世界の出来事に関心を寄せ続けたい。 |
また、そのリポートを伝える女性が、鉄兜をまとって、必死で状況を伝えている様子にも驚いた。 この数十年悲惨な映像に慣れ切って、世界で起きている悲惨な出来事に関しての想像力のなさ、鈍感さがますます講じている私でさえ、ガザで起きていることは、悲惨極まる。(シリアでも同様である)
不謹慎を承知で書く。イスラエル軍の武器と、パレスチナ人の投石の武器の差は、先の大戦での断末魔、圧倒的なアメリカの軍事力と、日本との差を思い出させた。
映像に触発され、新聞の報道を丁寧に読んだ、イスラエルでも強権的なネタニヤフ首相に対して、講義する市民のデモが写真入りで伝えられている。
また、パレスチナでは14歳の男の子が、デモに参加して側頭部を弾丸で打ち抜かれた少年の遺影を前に、途方に暮れている両親の姿がある。
高橋宗男記者のリポート。きちんと読んだことを五十鈴川だよりに書いておく。
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