82歳の先生の渾身の舞台作品をとにもかくにも、妻と二人で見ておきたいと思ったのだ。舞台に関する感想を書くことは控えるが、とにもかくにも富良野塾一期生として先生の想いをきちんと見届けることができた。そのことを五十鈴川だよりにきちんと書いておきたい。
さて、勝山の少し手前の久世町にはY子さんという私の同じ年の友人が住んでいる。この方は私の夢が原時代に企画した数々のイベントに遠方から見に来てくれた大切な方。
めったに勝山までゆくことはないし、この年齢になると、会える時に会っておいた方がいいという個人的な思いがあって連絡を取り合って、久世で昼食を共にとりわずかなひと時の再会を果たすことができた。
この歳になると、一期一会という思いがしきりに深まる。多くは語らずとも縁あって出逢い、たまさかの人生のゆきずりで、良き時間を過ごすことができ、やがてはまた会えなくなるのだが、記憶の底に深く印象に残っていて、普段は忘れていてもふと思い出し逢いたい人。
久方の再会が実現してとてもよかった。手作りのお結びや 落合名物羊羹などを持参して会いに来てくださった。
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とくに、私の不遇な人生時間を暖かく見守って支えてくださった方々のことは、なかなかに会えないにもせよ、私の心から消えることはない。
今後、これから私の人生時間の元気な間は、この方々との再会時間を持ちたいと切に願う私である。昨年も何回か旧友再会を果たすことができたし、今年の一番目がY子さんになった。
来週は山下澄人氏の芥川賞受賞パーティで、また十数年ぶりに富良野塾一期生の何人かにも会えるし、元気で生きていればこその再会時間。会える時に会っておかねばとの私の思いは意味もなく深まる。
有名無名関係なし、私の会いたい人と会っておきたいのである。私は野に咲く花のような存在の人に限りなく惹かれる。無名だが魅力的な人にこれまでの人生出会えたことは至福である。
さて、いよいよこれから私にどのような人生が 出会いがあるのかないのかは皆目わからないが、これまでの人生で出会えた素敵な方々と、晩年再び会えることをこころから願う私である。
今日は私の65歳の生誕の日。何やらやはり節目の日という感じがしてしまうが、取り立てての感慨は特にないが、おかげさまで健康にこの年齢を迎えることができたことに感謝している。
可能なら今年は少し遠方への旅をしたいとの思いがあるのだが果たしてどうなりますか。若かりし頃ロンドンで暮らした街を再び訪ねたいのだ。
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