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2013-03-13

3月11日エリック・マリア氏からメールが届きました


思いがけないことっていうのは、やはり突然起こる。それはいいことも、そしてこの年になると天の摂理と受けとめるしかないとも思うのだが、悲しいこともである。

 

だが今回のは嬉しい突然。クラッシックの演奏会なんか、この10数年ほとんど行ったことはないが、私がクラッシックの演奏会を初めて生で聴いたのは、ロンドンにいた25歳のときで、ロンドンフィルの演奏会。場所はテムズ川のビッグベンの対岸にあったホール。

 

若く、何でも見てやろう精神にあふれていた私は、フルオーケストラの交響楽に驚き、素直に感動した。何よりも学生割引で(私は着いてすぐ英語の学校に通う、フルタイムコースの学生だった)値段が安かったのでその後も何回も時間を見つけて、聴きに出かけた。

 

前置きが長くなったが、フランスの(詳しい説明は省くが)エリックマリアという、チェロ奏者から、5月に日本ツアーにゆくので、岡山で逢えますかというメールが3月11日の朝、(最近もそうだが、私は意外といろんなことを啓示的にとらえる癖がある)仕事に出かける前に届いていたのである。

 

私はこの方の生演奏を二度ほど聞いたことがある。一度は短い演奏をソロ(その響きは私の心をひきかきまわした)で、2度目は昨年の暮れ、土取利行さんとの即興デュオで。クラッシック音楽の奏者であることを忘れさせる、その枠に収まらないほとばしる情熱は、これはと思う他の分野の音楽家との瞬間即興音楽にも果敢に挑む、冒険心あふるる音楽家である。

 

チェロを、さかさまにしてたたいた姿は、還暦の私の脳裏に焼き付いている。彼は土取さんのことをマスターと呼ぶ。ジャンルを超え、二人の信頼関係の上に成立している音遊びとも言える瞬間即興ライブに、芯から私は感銘を受けた。その夜は、年齢を超越した、土取さんのパーカッションの素晴らしさを、あらためて堪能した。二人でしか成しえない、型破りの魂の音の表現。二人の宇宙。

 

東京馬喰町でのライブの後、ほんの少しエリックマリア氏と話すチャンスがあった。名刺を渡し、岡山でいつか会いたい、コンタクトをとりたいと慌ただしい中伝えた。あれからまだ3カ月もたっていないが、忘れずに連絡をくれたのである。東京まで深夜バスで聴きに行って、本当によかった。企画者は、これはと思ったら動かなくてはいけない。

 

今私は、私の人生途上トークを6月にスライドさせて、彼のソロライブを、なんとかして岡山で実現したく、すぐに彼に返信を打った。(娘があっという間に私の思いを伝えてくれた)。

 

春のめざめ、というしかない。オロも、エリックも、何かが向こう側からやってくる。私の個人的な再出発は、のんびりはしていられないくらい、慌ただしくなりそうな気配である。

 

 
ご縁がありました

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