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2018-10-31

30有余年、真夜中、結婚記念日に想う。

真夜中、日付が変わって10月31日はわが夫婦の結婚記念日である。この数年何回か書いた記憶があるので、またかとお思いの方はごめんなさい。

初老男の戯言、ノスタルジーとお笑いになっても結構である。30有余年、よくもまあ続いていると、我ながら感心する。時期、タイミング、めぐりあわせ、いい意味でのあきらめ、育った環境、多面的に相性が良かったのだと思う以外に言葉がない。

夫婦というのは、伴に居て疲れない、もっと言えば気が休まるというのがこの歳になると一番である。
恋の悩み、一幕のロミオのセリフ

若い時と違って、この歳になるとお互い、あちらこちらと体他、摩耗の感が否めないが、何はともあれ健康であればこそ、ささやかに地味にお祝いしたい。(若い時と違って派手なことはしない)

今夜は塾があるので、日を改めてするつもりである。さて話は変わるが、小説は読んだことがないのだが(読もうと思っている)高橋源一郎さんという小説家がいる。

この方がM新聞に、身の上相談をやっていて必ず読むようにしている。何故か回答に嘘がなく実体験に裏付けられていて、希望が持て時折ジーンと感動するのである。

聞くところによると、氏は3回離婚しているそうだ。初老を迎えて、4回目の結婚で生まれた男のお子さんの子育て奮戦記を、毎日お弁当を作って送り出すほか、ラジオで語っておられたのをたまたま聞いて、名前がすぐインプットされていた。

とある日の相談、子育てで悩んでいる若いお母さんの相談に答えていた氏の回答が、あまりに素晴らしかったので、切り抜いて今子育て真っ最中の娘に送ったら、娘から、分かるわあ、文章読んだら泣けてきたと、ラインで一文が送られてきた。

真夜中に子供がぐずる、睡眠時間を削って初老男は、身体の弱い奥様に変わってあれやこれやと、親にしかできない情愛の細やかさで対応する、何と人間は手がかかる生き物であるか。その様を想像すると、子育てをやったもののみが共有できる感動が広がるのである。

子育てとは、何もできない赤ちゃんをひたすら愛しつくす、ことに尽きるのである。この世にたった一人、巡り合ったわがかけがえのないわが子と。母乳は出なくても、父親にできることはいっぱいあるのである。

もう何十年も前のことだから、凡夫の私はほとんど忘れてしまったが、さすが小説家はつい昨日のことのように、文章に再現する。(国は若い夫婦の子育て支援、シングルマザーの社会的支援、子供の置かれている貧困家庭の問題等、対策が早急に必要だ、でないとこの国の未来は暗い)

氏の醸し出す語り、文章、人間性、温かさは、すべてこれまでの人生の実体験の裏付けが、発酵して生み出されているのだということがわかる。

ヒトは失敗し立ち上がり、ああだこうだと逡巡しつつ、安きに流れず小説を書いておられるのだ。氏は若き日学生運動で逮捕収監された経験もおありになり、20代はほとんど肉体労働者生活をしながら、(氏は天の下での肉体労働で生き返ったそうである、分かるなあ)若き日の結婚生活でも きっと苦労をされたのだろう。

離婚はされたが、40代のお嬢さんは立派に成長され、現在とある美術館の館長をされておられるのも、これまたM新聞の人の欄で知った。きちんと子育てされたのだ。

それぞれの居場所で、しっかり生きる。恥も外聞もない、まっとうに生きることが肝要だ。高橋源一郎的なぶきっちょな生き方、性格の持ち主は、その他多くのぶきっちょな同性に限りなく勇気を与えてくれる。

ともあれ、私のような輩と、30有余年生活を共にしてくれている妻には、亡き父が母に見せた、晩年の姿を多少なりともお手本にしながら、今しばらく穏やかに共に暮らせることを 願うのみである。





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