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2014-09-24

未だ時差を感じつつ、旅の重さの余韻にひたる。

今回の結婚式の旅では、また新たな何かが、自分の中に起きてくるのではないかという予感が、ゆく前からしていたのだが、そのことはうすらぼんやりと、いい意味での旅の重さのようなことを、未だ時差のなか感じている。

とはいえ、昨日からにわかに現実の中に、いい意味で引き戻され、畑では働いている。畑で働きながらも、時折今回の旅景色や、お世話になった新しい家族の顔が、浮かんでくる。

人は何かしらに出会うことによって、自分の中に新しき自分と出逢う、いわばそのような存在なのかもしれないと、素直に腑に落ちる。

これからの自分の人生の時間の中で、本当に自分が大切にしてゆきたい事柄の、なんたるかが、何を基本的に見つめながら生きてゆけばいいのかが、いわば当たり前のことが、にわかに輪郭を持って、はっきりしてきたかのような気がしてきている。

おりしも、スコットランドやカタルーニャの民族問題が紙面の一部を占めているが、広い意味でのヨーロッパに親戚ができたために、せめて最低ラインのドイツの歴史を学ばなければという気持ちになった。

そういう気持ちになったのは、やはり新しい家族の顔が私の中にしっかりと刻まれたからだと感じている。にわかなブログ時間では整理しきれない感情なのだが、何やら書くことで自然にわき起こってくる感情を見つめ続けてゆきたいと、今はただただ思う。

それにしても、わずか一週間ではあったが、なんと実り多き旅であったかと、書きながら思う。今しばらくは、静かに旅の余韻に浸りつつ畑に向かいたい、今朝の私である。

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