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2013-12-02

高梁のYさんの生家に薪用の樹をを頂きに行きました


11月13日に書いた文章を消して、今日の文章をこれから書こうとおもう。さて昨日は朝ブログを書いたのち、写真がなかったので朝にはアップしなかったのだが、あれから高梁の遊声塾のYさんの実家に薪を頂きに行ったのだが、Yさんの家のたたずまいが、まるで極楽地に思えたので、その家の写真を母のことを書いた文章に添えた。

 

さて、Yさんの生家は我が家から車で1時間半のところにあった。行くのは2度目、7ヵ月ぶりだったのだが、この7カ月で私の内面がかなり変化したせいもあるとおもうが、師走になったばかりのYさんの家のたたずまいは、7か月前とはまるで違った家のように感じられた。

 

それは家のまわりの樹木がまるで異なる様相で私を迎えたからである。彼の父母、祖父母、またその前の御先祖が植えたであろう、樹木や植物がなんとも言えない、初冬の景観を家の周りに醸し出していて、私は桃源郷に迷い込んだかのような気持ちに誘われた。

 

これまで見たこともないような柚子の大木が天空にそびえ、手の届かないようなところに柚子が実っている(帰りに頂きました)。写真にも映っているが、まるでナンテン屋敷と呼んでもいいのではないかと思えるほどにナンテンがあちらこちらに植えてあり、真っ赤な実がまさに鈴なりに垂れていてその見事さに見とれてしましました。

 

緑・赤・黄・茶色・その他渾然一体となって、私の眼を楽しませてくれました。ちょっと道から外れた山野にひっそりと、主なきとて見事にたたずむ生家。この生家をYさんが
岡山からときおり帰り、手入れをしながら、見事に守っておられるのです。

 

そのことにたいしても、彼の精神性の豊かさを感じましたし、そのような方と遊声塾を立ち上げたことで巡り合えただけでも、塾を立ち上げてよかったと思いました。

 

楽しい時は瞬く間に過ぎ、お昼に彼は牡丹鍋を用意して下さっていました。男の手料理を、差し向かいで、二人で頂きました。そのおいしかったこと。あまりのおいしさに先ず普段はしない、ご飯の御代わりをしました。

 

御昼前、冬の日差しが暖かい縁側で少し横にならせていただいたのですが、まさに至福のひととき、小さいころの思い出がよみがえってきました。とくに、元気なころの両親の姿が。貧しくとも助け合って、皆がいきいきと暮らしていられた時代が。

 

Yさん、ありがとうございました。帰って暗くなるまで、切って薪を積みました。ゆっくり風呂に入り、夕食後頂いた薪でストーブを燃し、親子3人くつろぎました。

 
後ろがゆず・手前がナンテン

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