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2026-01-10

頂いた方に拝復お年賀を書き、よいよ厳冬期、休日薪作りに励む、今日の五十鈴川だより。

 一月六日から労働開始、昨日まで働いての土曜日の五十鈴川だより。アメリカのベネズエラへの驚天動地の介入を始めとする、世界の(イランほか)予断を許さないニュース、国内の山火事、地震、薄気味悪い事件などなど、年明け早々飛び込んできて、老人の私はすっかりお正月気分は消えた。そのようなニュース報道を横目、斜めに見ながら、私は静かで穏やかな日々を土の近くで生活している。

さて、話題を変える。古稀を過ぎる前くらいから、私は年賀状を書くことをやめた。義理のお付き合い他、儀礼的なことも年々しなくなった。そのような私の生活ぶりは、かなりの人に伝わっているはずと、私の方では一切お年賀の義理を欠いているのだが、それでもどういうわけか、今年も20枚以上のお年賀を頂いた。

2005年に出版されている。

私の性(さが)、頂いたお年賀には、例年寒中見舞いのお葉書で済ませている。が今年は、午前中手書きで松の内に、すべての方に拝復お年賀を書いて、先ほど投函してきた。郵便局の年賀状ではなく、妻が持っていた絵はがきと記念切手を使っていいとくれたので、有りがたくもらって万年筆で一気に3時間位かけて書き終えた。私は何事も気がのらないと、一筆たりとも書けない質である。(終えてちょっとホッとしている)

私のお返事年賀は、ほとんど文字でうまっている。小さな絵はがきの半分に文字を書いているだけの短い手書きの一文だけである。頂いたお年賀はプリントされたものがほとんどで、わずかに手書きが添えられているのもあれば、まったくないのもある。

私が年賀状を出す気力が萎えたのは、まず肉筆が消えたことが大きい。上手下手ではなく、指紋、声紋、と同じように、その人にしか書けない癖が、文字には滲み出る。アルファベットは横文字、タイプライター文化、五十鈴川だよりは必然的に、タブレットで打つから横文字日本語である。

だけれども私は日本人である。私の娘たちを含め、すでに直筆でもかなりの日本人は横書きであるし、小説なんかでも横書きがある。今後あらゆる日本語が横書きなるようなすうせいである。だが私は直筆は手が動く間、文字が書ける間は縦書きに徹したい。悪筆我流だが、筆書きを私はこよなく愛す。昔(53歳の時)書家の達人石川九楊先生の[縦に書け]という本を読んで目から鱗が落ち、以来縦に書く事に決めたのである。

今でも気が塞ぐと、父が愛用していた硯に墨をすり文字を書いているとあら不思議、気持ちが落ち着く。作用、私の老人ライフはデジタルには程遠く、未来に向かっているのではなく限りなく過去にむかっている。人生の持ち時間がすくなくなっているにもかかわらず、敢えて時間のかかることをこそ、楽しみたいとという、絶対矛盾を私は生きている。

生成AIに頼めばあっというまに(生成AIは敵ではない。最後は私も多岐にわたってお世話になるかとはおもう。老いては便利にまかせる他ない)やってくれるだろう。だがまだ私は自分の手で書く幸せを手放したくはないのである。手間をかけて事を為す喜び、達成感、を私は、富良野塾と中世夢が原で見つけたのである。そして今もアウトドアバイト先で、自分で言うのもなんだが、その延長線上で、日々の達成感、幸せな晩年が送れている。苦あれば楽あり、楽あれば苦あり、は至言だとおもう。

再び話は変わる。いよいよ厳冬期にはいる。この連休、私は職場に我が家の薪ストーブ用の薪作りにゆく予定である。冬、昔のお爺さんは山に芝刈りにの体(てい)で、2000年に家を建て替えて以来、冬の薪の調達は私の必須仕事なのである。もう25年にもなる。継続力。

私のバイト先には常緑樹の枝が伸びて邪魔(風通しよく枝落とす、伐る)になったり、枝が枯れたりしてしているのがあるので、休日に行って薪作りに励むのである。直径十センチ以内位の枝をノコギリで30センチ位の長さに伐り、葉っぱ、細い枝は焚き付けにする。3時間もやると、かなりの薪が出来る。(薪ストーブでお湯を沸かし、湯タンポにする、したがって灯油は少ししか使用しない)

大空の下での運動を兼ねて、ノコギリを引き束ねる。もう何十年もやっているので体がコツを体得している。全身労働はお腹がすく。労働を終え帰宅、暗くなってストーブに火を入れ、冷えた体をお風呂にひたしたときの愉悦、例えようもない。身の丈に合う生活、そして健康に体が動くからこそ成せる事実に、ありがたやと、ただ呟くわたしである。


2026-01-07

2026年、一月七日、寒さを体感しながら、夜明け前に思う五十鈴川だより。

 昨日から労働に復帰しました。月曜日長女家族が移動し、年末年始まる一週間(次女家族とは3日間)我が家は怒涛のような賑やかさに包まれました。あっという間でした。

宿から撮った一枚

昨日の夜、老夫婦だけの静かな夕飯、お正月が終わったことを実感しました。が私の心と体には、3世代でお正月を迎えることができた喜び、余韻がまだ抜けてはいません。だけれども、世のなかは、すでに、一気にどころか激動の2026年の幕開けのように思えます。

がしかし、つくづく私は思うのです。このようなご時世であるからこそ、じっと揺るがない山の姿や、川の流れ、夜明け、日没、雲の流れなどを、ただポカンと眺めることの出来る、つましくも平凡な有りがたさを噛み締める自由自在を、感性をなくしたくない、のです。(スマホもお金も使うもの、逆はちょっと虚しい)

今年は2日、3日は湯原温泉で長女家族と過ごせたことが、老いの実りとでも言うしかない、初めて経験した孫たちとのお正月小さな旅は、今年もまた、地に足をつけて生きてゆく老いの覚悟を深めてくれました。

家族での、私の少年時代の頃の記憶のなかの、お正月風景とは、今は昔の有り様ではありますが、今年孫と過ごしたお正月は、時代の表面の風景は変わろうとも、移ろいゆくなかで、しかし移ろはない、大事なことが確認できたお正月となりました。

さて、今年はどのような年になるのか皆目わかりません。(世界情勢はいよいよ魑魅魍魎世界へ突入してゆくかのようですが、付和雷同だけはごめんです)ただひとつ思うことは出来るだけ静かな、カントリーライフ、本を読んで、散歩に重きをおいた労働生活がしたい。(揺るがないこと、普遍的なことににのみアンテナを磨きたい)

あるがままに流れてゆく。老境、老いの細道を堪能するための生活を、いかに一日一日過ごせるか、過ごせないのか、を思索思念、老いの小学的哲学時間を大事に生活したいと。

これまでの人生を振り返りつつ、手にしてこなかった先人たちの書物に触れて、老いの血流ををよくしたく、未知のゾーン時間を充足したい、とそのようなことを年の始めに念っています。


2026-01-02

明けましておめでとうございます。皆さまのご健康心より祈念します。

 明けましておめでとうございます。昨年五十鈴川だよりを読んでくださった方心より御礼申し上げます。

孫たちと、ハッサク採って、お正月。

これから長女家族2泊3日お出掛けするので短い五十鈴川だよりです。ともあれ、本年もよろしく御願い申し上げます。

30、31日全員ぞろってお正月をむかえることができました。昨日次女家族が移動し今日から長女家族とすごします。

さて、今年の五十鈴川だよりはどのように流れてゆくのか、皆目わかりませんが、はっきり自覚していることは、一日一日を大切に、もう出来るだけ我儘、(いい意味で)自由自在に過ごしたいと思います。

昨年最後の五十鈴川だよりに打ったように、謙虚に学ぶ、学べる時間重きを置いた生活を心掛けてたいとおもいます。刻一刻変化する未来に対応するのは、困難なことではありますが、出来るだけ、暫し年齢を意識せず過ごしたい、と思います。

おそらく、ゆっくり集中して五十鈴川だよりを打てるのは、長女家族が帰ってからになるかと思います。それまではこのお正月家族時間をおもいきり感謝、楽しみたいと思います。

皆さまにとりまして、よき一年となりますことを祈念します


                  2026年、1月2日。日高奉文。

2025-12-30

立花隆著[天皇と東大]上巻を読み始めて思う、年の瀬の五十鈴川だより。

 世間や世相の流れとはまったくおおよそ無縁な年の瀬を生きている。繰り返し同じような事を綴っているようにも思うけれど、お許しあれ。昨日の私と、今日の私では、微妙に変化し続けているように思えるからこそ、五十鈴川だよりを打つ、のだと厚顔無恥なる私は、考えている。

さて、上巻だけで782ページ、下巻706ページにも及ぶ、立花隆さんが20年前に出された[天皇と東大]上巻を25日から早朝の時間に集中して読み始めている。孫たちが帰って来たら読めないので、読み終えるのは来年早々になりそうである。


だから来年最初に読む本は、立花隆さんの天皇と東大になる。このような本と出会えて嬉しい。

そのいちいちの嬉しさを、年の瀬時間打っている余裕はない。がしかし、厚顔無恥で無知蒙昧を今も自認している私は、近現代史と言うものの、複雑怪奇さをまるで系統だって、きちんと読んだことがないので、一言ただ読んでいてワクワク、面白いのである。

このような在野で、好奇心のおもむくまま、多岐にわたっての未知の分野に、膨大な優れた著作を遺されたお仕事に頭をさげる。有り難いというしかない。

どのような名著であれ、自分の人生とクロスするところがないと私は本が読めない。読む作家、本との相性タイミングで、自分のなかの何かがびびっと反応しないと読めないのである。自分でも何だが、この年齢になっても反応するところにしがみついて、素直に学びたいとの想いは深まる。

何かを諦め手放すと、また新たな世界が見つかる。目の前の足下の、手の届く範囲の楽しみをこそ、見つけてゆきたいのである。近現代史、分けても両親が生きた時代、大正時代のことすら、ろくすっぽ知らない。戦前の昭和と戦後の昭和のあまりの相違。昭和、平成、そして令和。

その前の、大政奉還、怒涛の明治時代、近代化、欧化文明開化、明治、大正、昭和、敗戦、敗戦後から、現代までの歴史。よくぞこのような本を遺してくださったことへの(まだ読み終えてもいないのに)感謝が、五十鈴川だよりを打たせるのである。信頼できる人の渾身のノンフィクション、七年がかりで著された稀な本。あだやおろそかには読めない。朝一番、頭がすっきりしている時間に集中して読む。(上巻全35章の20章、今朝449ページ迄読み進んだ)

つくづくの無知をこの年齢で思い知らされる。が年齢ではない。知ることの醍醐味に反応する自分がいる。その事が有り難いのである。いろいろな意味で、今年は変節、変容、を我が体は感じている。

午後孫たちが帰ってくる。が、わずかであれ打っておきたい。孫たちはこれからの時代を生きてゆく。お爺じとしてささやかに何が出来るのか。体を動かし労働し、本を読み考え続けたい。

2025-12-28

明日、明後日孫達が帰省する。お正月が待ち遠しいお爺じ、年の瀬お金について思う。

 妻がお正月準備に終われている。私も出来るだけ妻の意向に添うように務めている。もう明日には次女家族が帰省するので、五十鈴川だよりを打っている時間はとれなくなるけれど、なるべく寸暇を見つけて、打つのを心かけたい。一年のほとんどの時間を、二人の娘が巣だってからというもの夫婦で過ごしてもう十数年になる。

玄関他4箇所妻のお飾りが。

この間、私も妻もフルタイムではないが、今年も働いているので、何かとやることが多く、時間をもて余したりすることは、ほとんどない。

妻も私もなにかとつぎつぎにやりたいこと、やらねばならぬことが見つかるので、やっていることはまるで異なるにもせよ、一日が充足して過ぎる日々を、これ好日といった塩梅で暮らせている。

40年共に生活していても、お互い微妙に変化し続けているからこそ、ひとつ屋根のしたで、それなりの距離感をキープしながら、付かず離れず共に生活ができているのだと思う。

千差万別の夫婦、その一夫婦として、とくに今年の年の瀬思うことは、いよいよこれからの、老いゆく未知の夫婦時間を、いかに過ごすかという、新たな目的のような感情が強まってきている。

このような事を臆面もなく打つのは、もういい年なのに、未だどこか気恥ずかしい。野暮な老人にはなりたくないので控える。(故、井上ひさしさんはすべてのエッセイは自慢話である、と書いている)

話を変える。年の瀬、例年はお墓参りに帰省していたのに、今年は取り止めたお陰で、この数十年で初めてといっていいほどの、ゆったりとした年の瀬、夫婦時間を過ごしている。年の瀬の12月、余裕をもって五十鈴川だよりを打つのは、初めてといってもいい。

私が家の周辺をうろちょろする位で、ほとんどの時間を家で過ごしている。物価高騰のなかでも、普通に何とか生活できている。世の中に出て55年、カツカツの、お金には余裕なき耐乏生活を、嫌でも継続してきた。(特に妻と出会うまで)もう2度とあのような耐乏生活はしたくない、といった過去の思いがきっと私を支えていることは間違いない。お金の有り難みを、何度か心底経験したことが、やはり大きい。

私にとってお金は、本当に必要な時のために、いざというときのために使うものである。したがって、自分でも無駄遣いはしない(出来ない)。とはいっても、何点か、苦しい余裕のないときに、絵を求めたことがある。2000年ミレニアム、家族で西インドを訪れた時に、一枚の絵を見て、どうしても欲しくなり、なけなしのお金をはたいて買ったのだが、その絵はあれから25年、今も我が家のリヴィングルームに掲げてある。多分私がこの世から消えても存在する。

お金の有りがたさ、使い方次第で人生は豊かにもなるし、全く正反対にもなる。お金は恐ろしい。だから、私は努めてお金に頼らず、自分の体が悦ぶお金の使い方を、老いて益々心掛けている。いつかも書いたが、ケチではなくいざというとき、好きな事に大胆に使いたいのである。

昨日だったか、徹子の部屋にタモリさんが出ていて、本を捨てられないというお話をされていた。徹子さんも頷いておられ、お二人とも、文庫本の安さに(古本屋で買ったら100円で手にはいる)ふれていた。何万円もするブランド品を身にまとわなくても、わずかなお金で、体が悦ぶお金の使い方が出来る人間に、孫たちにはなってほしい。お爺の願いである。その孫たちにもうすぐ会える。4人の孫に会えるお正月が待ち遠しい。

2025-12-26

昨日、年の瀬、今年お世話になった方々にご挨拶最後猪風来美術館に行きました。そして思う。

 昨日、ちょっと特に、今年お世話になった方のところに、久しぶりに拝顔がてら、直接ご挨拶に伺った、午前中10時過ぎから動いてお昼を挟み、最後は猪風来美術館へ。猪風来さんは所要で不在であった。短い時間、原野さんの作品をみて、猪風来さんのことしの新作もあらためて、見た。(何度みても新鮮、命が宿っている)

すぐ帰るつもりだったが、よし子さんが、お茶、続いてコーヒーを淹れてくれて、思わぬお話時間をよし子さんと持てた。この2ヶ月、妻以外の人とは言葉を交わしていなかったので、お思わぬ、予期せぬ話が、二人っきりでよし子さんと出来たことができて嬉しかった。

ゆっくり学びます。
(気持ちのいい話相手をこの年齢でもてるのは幸福である)

長くなるし、割愛はしょるが、すでに五十鈴川だよりでも書いたので、重複するし、論旨も脈絡もままならず、でも少し打つ。今年一番の私の予期せぬ出来事は、猪風来さんご夫妻の渾身の企20周年企画に、側面から裏方として、黒子に徹して関われたことである。

関係性の深まりは、昨年の秋、すでに何処か遊悠隠居気分で生活していたところに猪風来さんからの一本の電話で、始まった。以来今年10月12日の、イベント当日までこの一年の私の内面の変化は、そうは簡略に言葉化できない。

それほどに密度の濃い、老いゆくなかで、かけがえのない未知の、時に苦しくも、楽しい愉快な時間が過ごせたことを、五十鈴川だよりになんとしても打っておきたい。

これほど穏やかな年の瀬を、我が人生で過ごせているのは、おそらくほぼ一年間、猪風来さんご夫妻との密な時間を共有したからこそ、私のなかにこれまでは感知しなかった、脳のニュウ―ロンシナプスが、老いつつも繋がって、見えてきたのかもかもしれない。

そう思わざるをえないほどに、臆面もなく打つが(初めて経験する)、静かに足りた、私の年の瀬である。猪風来さんご夫妻を通じて、しっかりと縄文という言葉が、体の深いところ、脳のシナプスに定着したからではないかと、想えるのだ。

現代生成AI魑魅魍魎世界、生活する私のなかに、どこか縄文世界の経済という観念、所有するという観念のない、文字のない豊かさ、見えない生命そのものの豊かさが、まさに大いなる何かが見守っていてくれるかのような、安らぎに満たされているからである。(としかおもえない)、ジョン、レノンのイマジンの歌詞のように、縄文世界を自由に想像する。

このような感覚は一年前はなかった。だからなのである。足が年の瀬に猪風来さんご夫妻のいる法曽に向かうのは。二階の展示室の原野さんにもご挨拶した、来年も会いに来るから、と。

29日次女家族、30日長女家族が帰省する。今年夏生まれた4人目の孫も初めて帰ってくる。二つの家族によし子さんに頂いた来年の縄文カレンダーをプレゼントしようと思う。

2025-12-23

立花隆著、[いつか必ず死ぬのになぜ君は生きるのか]、を年の瀬に読んだ。そして思う。

 立花隆さんが亡くなられて来年の四月でまる5年になる。この年齢になると、全てはあっという間の歳月であることを実感する。

さて、昨日立花隆さんの膨大な著作から、東大の立花ゼミで、立花隆さんから講義を受けた方が、立花隆さんが残した珠玉の言葉を新書版の形で、読みやすくまとめた[いつか死ぬのになぜ君は生きるのか]という本を一気に読み終えた。(解説を池上彰さんが書いている)

成長したら孫たちには是非とも読んでほしい。

五十鈴川だよりを読んでくださっておられる方には、年の瀬に読むには、高校生から、私の年齢以上であれ、この世を生きるすべてのヒトにおすすめする。

立花隆さんは齢80歳で他界されている。巻末に記されている、出典書籍一覧60冊から引用された、苦悩格闘の果てにつむぎだされた言葉が、今という時代を生きる、老人の私に限りない勇気を授けてくれる。

本物の書籍は著者が不在でも、今を生きる人間が手にとって、立花隆さんの遺した言葉に、ある種の啓示を感じるのだから、あらためて氏の多方面への関心、好奇心のおもむくままに、青春からお亡くなるまでの、知的好奇心の果ての膨大な著作を知ると、脱帽、頭を垂れるしかない。

私のわずかな一庶民生活者の本棚に、氏の本が思索紀行、エーゲ、佐藤優さんとの対談本など10冊位ある。上下二巻の天皇と東大は、晩年読もうと思って買っておいたのだが、すぐに読みたくなった。

第一章、人間とはなんだろう(抜粋27)。第二章、死とはなんだろう(抜粋25)。第三章、人はなぜ生きるのか(抜粋10)。第四章、人はどういきるのか(抜粋26)。第五章、考える技術(抜粋26章)。第六章、今を生きる人たちへ(抜粋16章)で構成されている。

私のような一庶民俗物生活者には、目も眩むかのような一途な学究者である。が、この本を読んで思春期から大いなる悩みを抱えながら、必死で独自の活路を拓かれ、全うされた人生であられたことが実によくわかった。徐々に認知され、単独行動で大きな組織の闇の部分に(よくわからないから切り込んで行く情動は、氏以外にはなしえない)果敢に挑んで行く。

私のような俗物生活者であれ、高齢者になり、ややもすると安易きわまりない、面白味のない、安逸な生活にどっぷりはまって、知的刺激をまったくと受けないような輩にはなりたくはない、と思うので、この新書版の小さな本は、これからの私の未来時間の、大きな支えになってくれるのは間違いない。

話は変わるが、このところますます本を手にする時間が増えている。年の瀬世の中の流れとは別世界を、遊読旅、次々と良書、体が喜ぶ本に巡りあっている。心なしか種類にもよるが、集中力も読む速度も以前よりも、老いに逆らって早くなってきているように、(錯覚かもしれないが)感じる。外見は全く驚くほどお爺さんである。が信頼できる人の言葉で体が反応する。私は言葉で生きている、のだ。

時間は一定、二つの本を同時には読めない。立花隆さんも言っている。本を読む時間は限られている。とはいってもご本人が言っている、どうでもいいような本もつい手にして、時間をすごし(知の巨人であれそうなのだからちょっとほっとする)反省し、相当集中力なくしては読めない本に挑んでゆく、そこが凄い。

遊び心。正直。他にやりたいことがない。養老孟司先生、佐藤優さん(他にもいる)私がこの十数年、(分野は違うが千住真理子さんとも通ずる)刺激うける方の本を時に難しくても、読み続けられるのは、ご自分が見つけた言葉、本気の息づかいが行間から伝わってくるからだとおもう。

そして未知の世界に(生きて在ることの、生きることのワンダーを言葉、音で伝えてくださるからである)連れていってくださるからだと思う。それと、どことはなく感じる、自然さ。つまりは唯一無二の人間性、相性だと思う。いくら世間の評価が高くても、体が反応しなかったら、私は読めない。