ページ

2026-07-02

雨の朝、次女のマンションの図書館で打つ五十鈴川だより。

 上京5日目、木曜日の朝である。かなりの雨が降っている。五時半に起きると、葉が続いて起きてきて、さっそくオセロを一勝負、またもや葉に負ける。葉もノアも強い。風香と娘、周さんも起きてきて、娘が風香の面倒を見ながら用意しているのを、手伝う。全員揃って美味しくいただく。

今日は葉がお医者さんにゆく日なので、娘は仕事を休み、葉も保育園はお休み。風香は周さんがいつものように保育園に連れてゆく。娘と葉は9時前に出掛けた。周さんはリモートワーク、私は一階の図書館へ移動し、五十鈴川だよりタイムである。

かけがえのない親子時間を垣間見る

昨日のことを忘れないうちに記録しておく。午前中娘に頼まれていた餃子40個包んで、一人吉祥寺散歩をする。マンションから往復一時間歩いた。吉祥寺では二軒の古本屋さんで一時間くらいただ本を眺めて過ごす。本の背表紙を眺めて過ごすのが、私は好きである。

本は重いし、もうなるべく本は買わないようにしているのだが、2009年に出版された佐藤優さんの功利主義者の読書術を求めた。文庫本として一昨年文庫で復刊されている。パラパラと捲り、ゆっくりよみたくなったのである。極めて新しい本がわずか220円。これだから上京すると私はどうしても神田の古書街を散策したくなる。

これからの数年、元気なうちは、労働、読書、散歩が日常生活の主流、お休みや、今回のような短い非日常旅でも、読書と散歩はかかせない。本を読むと嫌でも何らかの思考を迫られる。知的欠乏症、無知蒙昧を自認している。トラウマといってもいい。

だがこの年齢まで生きると、そのトラウマも消えてゆくかのような塩梅の日々である。自分らしく在りたい、ただそれだけである。(もうないものねだりはしない、諦めた)

話を戻す。本を求め、お昼を(ハンバーグランチ、美味しくいただいた)賑やかな市街地の洒落たお店ですませ、腹ごなし次女のマンションまで歩いた。それから夕刻の葉のお迎え時間まで、求めたばかりの功利主義者の読書術を読む(買って正解)。10年前までだったら、すらすら読めなかったかもしれないほど濃密に読みごたえがある。が今は、知的興奮を覚える。何事も、特に私のようなぼんくらは、書かれている内容の多岐にわたる、あまりの読解力の深さに、驚かされる。老いても本を読める体力を限界までキープしたい。

夕刻四時半、葉と風香を仕事を終えた娘(娘は職場までバスで通っている)と迎えにゆく。もどって何時ものように洗濯物を入れたり畳んだり、お風呂他を済ませる。お仕事で遅くなる周さんは不在、四人での夕飯。餃子がメインでとーもろこしの茹でたの、スープ、ほかの副菜付き。私だけハイボール。食事中岡山の妻に電話を入れる。風香と葉の姿を画面で確認しながら、妻の声が聴こえてくる。喜んでいる。

読書の凄さを知らされる

午後八時、絵本リーディングタイム。鈴木のりたけさんの布団の絵本や、パディントンのおはなしなどを繰り返し読む。絵本のリーディングを終えると、葉が花火が見えると私を呼びに来る。思ったよりも立派な花火が、遠くに次々にうち上がるのを葉と次女の3人で見いった。

葉の喜びようはひとしおで、遠くの花火をスマホで撮っていた。最後の日の夜、思わぬ時間を葉や娘と共有でき、またひとつ五十鈴川だよりに打つことできる事が嬉しい。何気なく同じような生活のなか、時おりきらりと思わぬいいことが起こる。

もちろんいいことばかりではなく、辛いことも起こるのだが、糾える縄、交互を行き交いながら、鍛えられ家族は成長する。その事を雨が上がるのを願っている。肯定的に考えられる側にいたい、とおもう。

今日のお昼は病院へ行った次女からの連絡をまって、葉と次女私の3人で吉祥寺で待ち合わせてお昼をし、しばし葉と最後の時間を過ごしてから長女の住む稲城へ移動する。

2026-07-01

さあ、これからお迎えまで何をしようか、東京旅4日目、6月最後の五十鈴川だより。

 東京旅4日目の朝である。早く寝たのでいちばん早く起き、朝に強い私が乾いている(乾燥機がついている)洗濯物を畳んでいると、葉が六時すぎ起きてきた。すぐにオセロを一勝負、47対27で葉の勝ち。終えていつものように朝食前、葉はドリルを三枚、周さんが見る。朝食はしらす干しをのっけたチーズトースト、スイカとヨーグルトと私は珈琲。

午前8時、周さん(今日はリモートではなく会社へ)、萌は仕事、葉と風香は保育園へ。エレベーターの所まで見送った。私は急に一人に。簡単に部屋の掃除をして、五十鈴川だよりタイムである。

昨日の、ささやかだが、楽しい一日をスケッチしておこう。昨日五十鈴川だよりを打った後、周さんと私のお昼を作った。マンションの一階にスーパーがあるので、生の麺と山形のスープを二種類買い作った。野菜、肉ラーメン。野菜はいんげん豆、モロヘイヤ、小松菜、と白ネギ、肉は冷蔵庫にあった細切れを使った。

周さんが完食して、美味しいといってくれた。簡単男料理は麺類には数種類の野菜、お肉を入れると、俄然美味しくなる。ちょっと一手間かけ、野菜は硬い野菜から時間差をおき茹で、肉は火が通るくらいで茹ですぎないくらい、しかやってない。

6月30日のお迎え風景

お昼を済ませた少し昼寝の後、周さんから電動自転車をかり、三鷹の図書館へ15冊の絵本を返し、新たに15冊の絵本を借りた。15冊選ぶのに二時間(駐輪場が無料)近くかけた。

おかげでずいぶんたくさんの絵本を私も読むことができ、素敵な午後時間が過ごせた。15冊、重いのだが自転車なので問題なし。井の頭エリアを自転車散歩し、マンションに戻って本をおき、その足でマンションの図書館へ。午後四時半まで本を読む。

次女からメールが来て、葉と風香を昨日と同じように娘とお迎えにゆく。戻って少しやすんで、夕刻夕飯前、お風呂をすませる。葉が虫の居所が悪かったのか、お風呂にはいるときちょっとぐずった。私が先に入り待っていると、周さんが衣類を脱がせお風呂につれてきた。

少し泣いたが、観念し静かになり、体を洗っていると泣き止んでご機嫌になった。次女は風香をあやし、私だとぐずるので、抱っこしながら、お魚を焼き、きゅーりの三盃酢などの料理を手早く作る。リモートワークの周さんも時折手伝う。家族である。

すっかりご機嫌になった葉に私も安堵、この年齢の子供の微妙な心理の綾は、いずこの家庭でも避けては通れないのだろう。ともあれ、全員で美味しく夕食をいただいた。風香は静かによく食べ、葉は賑やかに良く食べている。安心食べていれば問題ない。夕食後膝が痛いというので、膝を冷やしてやる。私は偶さかやってくるお爺の努めをやるだけである。

昨日私が作った塩ラーメン

午後7時すぎには風香がお休みし、葉は8時すぎには就寝時間がやって来る。午後八時、私が部屋にいると、葉が鈴木のりたけさん(今日鈴木さんの絵本を6冊借りてきたので)の本を持ってやって来る。

繰り返し読んで聞かせる。真剣に聞いているので、いい加減には読めない。老いた私の音読を真剣に聞いている葉。

もうこの時間は二度とはやってこない。私もエネルギーを使うので、ぐっすり眠りに落ちる。そして思う、死とは永遠の眠りに落ちることだと。だが、いまはまだ眠りから覚め孫に音読できる。役にたつお爺の、これが至福なのである。

2026-06-30

ワールドカップ、日本がブラジルに惜敗した日の朝、次女のマンションのリビングルームで打つ五十鈴川だより。

 日本がブラジルに惜敗したが、その事については触れない。覚めているわけではない、もうまったく別次元のどこかを揺蕩っている老人の私がいて、現世的、世間の常識のような世界には、当の昔おさらばした境地を生きているので、やはりどこか覚めた目で浮き世を眺めながめている。その事がどこか楽しい。そのようなことを臆面もなく打つ、老人の私がいる。

繰り返し4回読んだ絵本

思春期の頃、いかにこの世を生きていったらいいのか、皆目見当がつかず、途方にくれながらも、なんとかこの年齢まで生きてきて思うのは、何はともあれ、生きてきてよかったと思える自分がいる。

そのように思えるのは、おそらく自分が、とりあえず今は幸福感に浸ることができる日々を送れているからだと思える。

さて、東京旅3日目である。昨日お昼は、リモートワークの周さんが外に食べに行ってもいいと言ってくれたのだが、時間があったので、私がニンニク、ズッキーニ、玉葱、豚肉で炒め、即席レトルトスパゲッティを作って、男二人で済ませた。

義理の息子は優しい。あれやこれや私に気を使ってくれるので、意気に感じる古い、時代遅れの九州男子としては、偶さかの時間、ボケ防止もかねて、(このところ我が家でも簡単男料理を作っている、意外や意外楽しい)作っている。段取り力がすべて、後片付けまで。本を読むのと同様時間のかかる男料理だが、幸い働いてない日は、時間はたっぷりある。

老いては食べる楽しみを、作る時間も含めて楽しむように心がけることにしている。妻もそのような殊勝な私を見守ってくれ、手伝ってくれる。彼女のお手伝いが加われば、あっという間に、簡単な一品が出来上がる。

昼食後、少し昼寝、午後二時すぎ三鷹駅方面を約一時間散歩し、三時半戻りロビーで本を読む。午後4時半娘が仕事先から戻り葉を迎えに行くのに合わせ、私もゆく。マンションから葉、風香の保育園まで五分もかからない。戻って、少し休んで周さん以外お風呂に入る。次女が手早く、しゃぶしゃぶでの夕飯、次女が私にだけ、ハイボールを用意してくれている。全員で美味しくいただく。

ちびりちびり学んでいます

食後(真夜中の日本対ブラジル)早めに床につくと葉が約束の絵本を持ってくる。同じ絵本を繰り返し4回読み、最後動物が登山をする絵本で締めとした。葉は本当に聞き分けが良くなってきた。成長している。(爺馬鹿まるだし)夜中、日本対ブラジル戦を静かに見届け再び横に。

今朝、葉に起こされ、朝食(なんと朝食はカレーでした、バナナとヨーグルト付き)前、葉のドリルを見る。爺馬鹿、全部100点、まもなく5歳の葉には簡単すぎるようだが、お父さんは基本を繰り返しやらせている。キャッ、キャッ、ガハハハ、いっときもじっとせず、心と体が躍動し、絶好調。そのような葉にエネルギーを頂く。時折いたずら小僧をしかりながら。

8時すぎ、慌ただしい朝の時間(洗濯物を干したり、お風呂あらいなどなど)がすぎ、次女は仕事、周さんは孫たちを保育園へ。周さんは保育園に孫たちを送ってから、毎朝井の頭公園エリアを30分以上散歩している。

周さんが帰ってくるまでに、頼まれていた雨戸の埃落としを済ませる。私が五十鈴川だよりに向かうと、周さんが冷たいアイスコーヒーを入れてくれた。

2026-06-29

東京は三鷹下連雀、午前中次女のマンションのリビングで打つ五十鈴川だより。

 昨日午後一時過ぎ長女の住む稲城のマンションに着いた。次女家族が長女家族を訪ねていたので、渡す物もあったので、先ずは稲城へ向かったのである。

長女の娘未彩と、次女の娘風香はお昼寝中、私は昼食のお蕎麦を娘のところで済ませ、レイさん、周さん、ノア、葉、私の5人でレイさんの菜園場にきゅーりの収穫に行った。驚いた。面積はわずかな畑に見事なきゅーりや、ミニトマトが実をつけていた。あいにくの雨ではあったが、ノアや葉がハサミで収穫する姿にみいった。

収穫を終え、そこから車で10分の所にある稲城の天然温泉に男5人でゆき、しばし、露天風呂で梅雨の雨に打たれての温泉を、孫たちといきなり過ごすことができて、お爺としてはいうことなし。楽しかった。マンションに戻ると

風香も未彩も起きていて、全員で歓談ティータイムをして、娘たちは買い物へ。夕方四時過ぎ、周さんの車に、収穫した野菜、買い物の品々ほか沢山の荷物を積んで、長女のマンションを後にし、三鷹の次女のマンションに5時過ぎに帰った。私は前半は次女の所にやっかいになるので同乗した。あれやこれや全部で10位ある荷物をカートに積んで七階まで運んだ。カートに積めない荷物は、手や背中に。周さんは車を返しに行ったので、次女と私と葉の3人で運んだ。

下記に記します

部屋の入り口に荷物をおろし、カートは返した。玄関から台所に荷物を運ぶのを、テキパキと葉が手伝うのには驚いた。あと一月もすれば葉は五歳になる。わずかな数ヶ月逢わない間にぐんぐん葉は成長している。

風香はちょっと警戒心が強く、すっかり私のことを忘れていて、近づくと泣くのも成長の証、と受け止め、居るあいだに抱っこできるか出来ないかが楽しみである。

夕飯は次女が手際よく、あっという間に海鮮丼を作った。午後7時前夕飯を終えると、風香は娘と就寝に入り、私は葉とトランプゲームをしたりした後、絵本を数冊読んでやり、私も横になった。た。明らかに数ヶ月前とは異なる。一言でいえ、聞き分けができるようになってきている。この年齢の成長の微妙さは、お爺いさんの私にはなんとももどかしいほどに言葉にはならない。

今朝は六時半に起きるとすでに娘と風香、葉は起きていて、葉がすぐにパズルをやろうという。仕方なし、うろんな頭で付き合う。なついてくれているのがわかる。バーチャルではなく、いつもは画面のなかのお爺がそばにいる。

すぐに朝食タイム。卵かけご飯をいただく。旨い。葉はブドウパントースト(美味しいといってパクパク食べる、バターが好きである)目の前でご飯を食べているお爺が居る。ただそれだけで葉は面白がっている様子である。老人がただそこにいるだけで、髭にふれ、髪の毛の少ない丸い私の頭にやたらさわりたがる。役にたつ頭。そんなこんなたわいもないことが、子供は面白いのである。

あっという間に保育園に行く時間がやって来る。(出掛ける直前までユーチューブで好きな番組を見ている)娘は仕事に、周さんが風香と葉を送ってゆく。一気に静かになる。娘から掃除を頼まれたので、役にたつ老人に変身する。それをまず済ませたそののち、寸暇記録スケッチの五十鈴川だよりを打つ、爺である。

PS 昨日雨のなか、レイさんの菜園場できゅーりとミニトマトを収穫している男の孫二人、8歳になったばかりと、もうすぐ5歳になる。この二人との男時間が愉楽である。二人が中学生になるまでの時間をなるべく多く過ごしたい。


2026-06-28

8泊9日の上京旅に出掛ける前に寸暇打つ、早朝五十鈴川だより。

 朝、上京出発まで少し時間があるので新聞(以後、新聞は長周新聞の事です)を読む。6月22日と6月24日の郵送されてきたのを。配達の人の世界の責任ではないのだが、降り続く雨で、2日分はぐっしょり濡れていたので乾かし、ようやく読めるようになったのである。

紙面ページが少なく、庶民目線のこの新聞を隅々まで読むのが、最近の私の密やかなたのしみである。読みごたえがあるので、新幹線の中でもじっくり読もうとおもう。後期高齢者なのだが、有難いことに、文字を追う集中力は、今もさほどの衰えを感じない。

新聞を読む楽しみがこの年齢でまたもや訪れていることがいちばん嬉しい。好奇心は高貴心とはシェイクスピアの言葉である。何かに心がわくわく、どんなに個人的ささやかであれ、心が揺さぶられたりすることがないと、五十鈴川だよりはうてない。

読書の幅を広げたい。見つけた凄い本。

ほぼ9割は午前中の、よく休んだ体で静かな時間帯に打っている。打っていると、打ちたいこと、言葉が湧いてくる。

話は変わるが、長女、次女のマンションには住んでいる人たちがいつでも利用できる図書館がある。上京する度に利用している。そこでも五十鈴川だよりを打っている。新潟の旅でも、沖縄の旅でも、その場で打つ。お供はタブレットと数冊の本である。持参した本を読み終えると、私の好きな神田や吉祥寺の行きつけの古本屋や東京堂書店で、本を求める。

東京は20年以上暮らした街、大都会だが地図が頭に入っているので、高齢者になっても今のところ、まったく問題なく過ごせる。渋谷のスクランブル交差点や、若者が集う下北沢などの変化には、正直ビックリする。青年時代の思い出がぎっしり詰まっているからである。無常迅速(大監督小津安次郎が好んだ言葉である)という言葉我が体に染み入る。だが抗っても致し方ない、諸行無常の移ろいを受け入れながら、五十鈴川だよりを打ちながら流れてゆく。(のだ)

時折、普段の生活場所とは異なる、新幹線の中とか、娘たちのところで本を読んだり、五十鈴川だよりを打つのが、実はとても楽しい。日常の延長のような、ささやか極致の高齢者旅旅、お金のかからない、有意義な旅が私はやりたい。8泊9日の上京旅、楽しみである。

2026-06-27

台風のために、上京を1日延期した朝に思う五十鈴川だより。

 起きると雨が止んでいた。この数日の雨続きで散歩が叶わなかったので、早朝の運動公園に行き、裸足で芝の上を歩く、鉄棒にぶら下がる、懸垂をする(最低一回は試みる)決まったルーティンワークをやると、有難い、74歳の体の細胞が動き出す。

やる前と後では、気分がまるで異なる。体は不思議である。老いてゆく日々、体を前向きに、上向かせるためには、わたしの場合我が体に刺激を与えることが不可欠である。続けるコツは、決して無理をせず楽しくやる。これだけである。

大先輩の遺言に耳を傾ける

わずか30分程度の時間、ルーティンワークを終えると、運動公園の雨にうたれた樹木を眺め、一番気に入っているヒマラヤ杉に触れる。

無数の針の枯れ葉が足にチクチク絡む。洗って靴下をはく。足の裏にはたくさんのツボがあるというが、大地にあんましてもらった我が足は、今も足の裏がじんじんしていて気持ちがいい。

さて、よほどのことがない限り、労働をしていない日は、五十鈴川だよりを打つことで、休日が始まる。朝の体動かし散歩で気分を上げて五十鈴川だよりを打つ。自分を乗せてゆく。集中しないと五十鈴川だよりは打てない。

(とここまで打っていたら、長女家族、次女家族から続けて電話あり。しばし文章を打つのを中断し、再びうち始める)

一日上京するのが延びたら、次女の息子の葉が、私が来るのを楽しみにしていたらしく、残念がっていたのを知って、お爺としてはちょっと嬉しい。この五年の間に、次々と孫に恵まれたお陰で、ほんのわずかでも孫たちや、娘夫婦のお役に立てるのが、老いの努めだと私達夫婦は考えている。お役にたつことが楽しく面白いのである。嫌でもお役に立てなくなるのだから、体が動くうちにと、考えているだけである。

ことさらな理由なんてない。手があれば、と思うことが子育て真っ最中にはひっきりなしにある。買い物、掃除、洗濯、子守り、お迎え、などなど休みなく連続しての終わりのない日々から逃れられない。

梅雨の日々、花一輪で、気がはれる

平凡な思い出を刻みたい。有難いことに、娘夫婦両家族、我々が交代で上京するのを喜んでくれる。だから安心して、この8年間上京している。親子であれ、友人であれ、風通しの良い関係性を持続キープしてゆくには、それ相応の配慮というものが必須である。

話を変える。今年ももうすぐ半年が過ぎる。世界の混沌の行き先は、庶民凡人の私には霧に包まれて、ようとして先の見えない、とらえどころのない時代である。が、私はそのような時代であるからこそ、シンプルisベスト,私にできる当たり前の普通の家族の生活をやりたい、見つけたい、というおもいがある。

当たり前、我が家族は世界に一つである。孫たちと過ごせる時間は限られている。そばで同じ時間を過ごしたい。ただそれだけである。ことさらな旅行とか、高価な食事など不要。一緒に買い物に行き、ご飯を作り、お風呂に入り、掃除をし、洗濯物を干したたむ。お話しをする。散歩をする。共に生活する。これがいちばん素敵なことなのである。

娘夫婦は日々忙しいので、孫たちの様子を含む、生活のスケッチを、五十鈴川だよりに綴るのも脳トレで寸暇打ちしたい。孫たちの今は、かけがえがない。わずかであれ、写真だけではなく言葉で記録したいのである。こればかりはお爺の特権である。10年後、私は五十鈴川だよりはうてないかもしれない。だから今打つのである。






2026-06-26

瀬政さんから思わぬメールをいただいて思う、降り続く雨の朝の五十鈴川だより。

 二日前、盟友と言ってもいい瀬政さんから、有難いメールを頂いた。嬉しかったので瀬政さんからお許しを得て、瀬政さんの実名で、瀬政さんを知る家族や、兄などにメールを転送した。

瀬政さんとは、この激動の時代、人心が絶えず揺れ動くなかにおいて、すれすれのところでの交友が、あうんの呼吸で続いている。先日のようなメールをもらうと、普段の生活のなかでの交友時間が少なくても、きちんと五十鈴川だよりを読んでくれている、のだと感じ入る。

大なり小なり、私などは自分のことに精一杯で、他者のことに思いを(五十鈴川だよりをきちんと読んで、コメントするのはよほどのことである)馳せることが至難である。だから有り難く嬉しい。しかもありきたりなメールではなく、それも面映ゆいほどの文面である。

25年位前、南インドカルカッタでの瀬政氏

ほとんど人に誉められたり、評価されない、思い返せばお恥ずかしいほどの人生を、よたよた(今もでである)なりふり構わず生きてきたので、後期高齢者の今、このようなメールを頂くと、じわっと老いの体に血が駆け巡る。だれかがどこかで見ていてくださっているのだと。

凡人なりの五十鈴川だより、折々綴り打って来なければ、このような有難いメールはいただけなかったのでは、と思う。

素直に自分の体と心が気持ちのいい方向に流れて行きたい、という感じは、老いるにつれてますます深まる。この年齢になると、ぶっちゃけ、現世での、世間の価値観などどうでもよろしい。

マイノリティであるからこその、オリジナルあふるる時代に流されない、棹さして発言する人に私は限りなく惹かれる。それと体を張って生きている人間に。職業は関係ない。ただ一寸の虫の良心、心意気、誇りを持ち、戦争だけは忌避する志を持ち続けるヒトと繋がり、連帯したい。

やむにやまれぬ事情で一時撤退しても、じんわりやりすごし、再び時期が来たらアクションを、あくまでも平和的に思考実践する。そのような個人的行動、私の文面を、面識を得て30年以上、瀬政さんは私が岡山に移住して、間近で私のあれやこれやを、いつも側面的に支え、見守ってくださる得難い方である。

一口に30年、生まれたばかりの赤ちゃんが30歳である。しかもこのような御時世に関係性が持続してきたことの(良き思い出ばかりではない)不可思議をおもう。その不思議な事実を私は五十鈴川だよりに打たずにはいられない。人の心は移り行くのが摂理、自然であるからだ。

長きの間、付かず離れずの交友で、氏から何度か長いお手紙も戴いている。今年からあらゆる処分をしているが、決して処分できないお手紙は、私とともにあの世に行くことになる。現世で稀な交友が持てた幸福を頭がしっかりしているうちにきちんと打っておく。でないときっと後悔する。