土曜日の朝が来た。月曜日から昨日まで今週は水曜日以外フルに(午前も午後も)働いた。この仕事は自分の裁量で、自由に時間を調整できるので老人のパートタイマー仕事として、甚だしく私にとっては、おそらくこの仕事を持って、一瞬先は未知ではあるものの、お手当てがある仕事は最後になる。(以後は健康であればボランティアを、猪風来美術館の草刈りをしたい)
さて、お正月早々フルに仕事をしているのは、一月末、長崎にどうしても行かなければ、往きたいからである。沖縄のご夫婦でやられていた人形劇、かじまやあ(沖縄の言葉で風車を意味する)の最後の公演を視るためである。
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| 何度読んでも打たれる |
桑江純子(作演出、自分の作品の人形も創る、唯一無二の登場人物たち)、桑江良健(画家、独学で唯一無二の作品を今も画き続けている)。
出偶っておおよそ30年になる。ただ二人の沖縄の友人である。昨年末、本当に久しぶりにお電話したさい、純子さんからその事をしらされた。その場で、長崎に往くことを告げた。
そういうわけで、一月末、一週間以上お休みする。だから働いている。したがって私の一日は、あっという間に過ぎる。ルーティンの本読み他、わずかな時間であれ、中世夢が原を辞した後継続していることも含めると、私の一日は、本当にあっという間にすぎる。妻はそのような老人の私をどこか諦めの(幸い見放してはいない)様子である。
話は変わるが、昨年秋、那須塩原に住むI君(33年君子の交友が続いている。)を訪ねて、その際おもい知ったのである。会える時に会っておかねば、と。十数年ぶりに再会、二人きりで温泉に浸れて、交友を温め合えた、その至福のひとときの有りがたさは言葉で表せるものではない。
至誠、私には似合わない言葉だが、たまたまこの世に生を受け、廻り合い、付かず離れずの、言わば君子の交わりが長きにわたって続いている、方たちとの交友だけは、逃したくないのである。
再三、五十鈴川だよりに打っているが、晃かに昨年の猪風来さんご夫婦の縄文の企画に関わったことで、これからの人生時間をいかに生きてゆけばいいのかが、自分のなかで整理されたことは間違いない。ボンクラの私、人生は有限なのだと頭では理解していたつもりなのだが、そのことの重さが、ようやっと体で理解(分かって)きたように、寒中体動かしながら感じ、思うのである。
なにを隠そう。小さい頃から、生と死の不思議を、なぜ自分は存在しているのか、なぜ涙が溢れ、感動するのか、思春期、なぜ女の子(人)をみるとドキドキするのか、やがては死ぬ運命を、いかに生きてゆけばいいのか、人には相談できないような、悩みを抱えてなんとかこの年齢まで生きてきて、ようやっと、言葉では言えないが、少し安堵している。
当たり前、老いると感受性も脚力も弱くなる、そのことを普通の人はもっと早く感知しているのだろうが、私は能天気あらゆる点で世間とはズレまくっている。が、有り難いことに、未だ感動し涙が溢れてくるし、充分に脚力もあるからこそ、動き回って働ける。だからこそ、今のうちに働くのはそこそこにして、会いたい人、お世話になった人には、直接出向いて、お礼を伝えたいのである。桑江さんご夫妻は、その筆頭に位置するヒトである。
どのような天才であれ、普通の無名の人であれ、万人等しく死は絶対訪れる。いかに生きてゆけばいいのか、いけないのかは、万人の永遠のテーマである。ハムレットは死んで戻ってきた人はいないから、死後の世界は未知の邦だから、人は死を畏れるという。
ある哲学者は人が死ぬのは生まれてきたからだという。何度も読んでいる養老孟司先生は、死んだことがないのでわからない。だから考えないという。そんなわからないことにおもい煩うより、生きていることに悩むほうがいいと。もっと素晴らしいとおもうのは、悩むのも才能のうち、と仰っている。このよううなかたが日本に存在していることに安堵する。私もだから考えない。
せっかく生まれて在るのだから、老人ハムレットのように悩み、生きる側に私は存在したい。虫だって、おけらだって生きている。私だって同じ、生き物として等かなのである。そのような視点にようやっとたどり着いた、在りがたき実感が私の今の生活を彩っている。
というわけで、一月末、桑江さんご夫妻に長崎でお会いするのが楽しみである。人形劇公演は終わるが、ご夫妻とのゆったりとした老いゆく時間は、いよいよこれから始まるのである。そのために、沖縄詣でをするための旅費を稼ぐために、一年でも長く肉体労働をする。(のだ)
PS 千住真理子さんのCDを聴きながら打っていたら、すーっと文章が流れた。今朝の五十鈴川だよりでした。

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