長崎についた。日向市駅を午前7時45分に発ち、大分小倉回りで博多から特急、武雄温泉で初めて新幹線カモメに乗り換え、午後2時半に長崎駅に。そこから宿まで徒歩10分ですんなり宿についた。NHK長崎放送局のすぐそばの、ちょっと昔若い頃の旅を彷彿とさせるドミトリーの宿で、狭いながらもスタッフの対応が素晴らしく、疲れもなんのその、桑江さんたちとの待ち合わせ時刻まで、寸暇五十鈴川だよりというわけだ。
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| 犬を連れた女性が撮ってくれた |
坂之上にあるこの宿は、いろんな由緒ある長崎の史跡がすぐそばにある、いかにも長崎と言う景観雰囲気が漂っていて、すでに旅人気分である。
さて、ふるさとに門川でのわずか2日の滞在ではあったが密度の濃い、姉や二人の兄、義理の長兄の姉と、老いて健康に今を活きている幸せを確認できる語らいが持てた幸福を、そっと五十鈴川だよりに打っておきたい。何せ私が一番若く、まもなく74歳。最高齢は義兄の84歳、体は年相応だが、私との会話が全員十分にできた、そのよろこびは老いてこそである。
おととい、水曜日着いたのが午後2時半、迎えに来てくれた兄の車で、日向市駅から小倉が浜に向かった。娘達が小さい頃連れてきたことがあり、わたしが高校生にときには何度も来ていた、最高の思いでの場所である。歳と共に染み入って来る思いでの場所、そのような老いてもなお血が騒ぐ行きたい場所が在ることのなん足るうれしさよ。
厳冬季わずかな人しかいなかったが、数人サーファーが冬の海にいた。たまたまおられたそのサーファーのご家族の2匹の犬を連れた女性が写真を撮ってくれた。(なんと五十鈴川だよりにコメントしてくださった、岡山に帰ってらゆっくりお礼の返信を打つつもり)、これだから私は老いても旅に出るのである。(だってまだゆきたくなるのだから、今ようやく行けるのだから)裸足で砂浜にたつ老いた弟を兄は呆れていた。
いきなり、ふるさと小倉が浜でよき時間を過ごして兄の家に、すぐお風呂をいただき、いつものように義理の姉登紀子さんが、美味しいお鍋(鳥とお魚の)での夕食を用意してくれていた。すべてが美味しく幸福感に浸った。
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| 姉と登紀子さんが作ってくれたお昼のおむすび🍙 |
昨日は起きてすぐ夜明けを眺め、お墓参りを済ませ、次兄を訪ねコーヒーをいただき、お互い元気での再会の時間を過ごし、兄の家に戻って朝食。
朝食後、姉の旦那さんとしばし歓談の後、まもなく80歳になる兄が、私を都城にちかい青井岳温泉まで私を連れていってくれた。素晴らしい温泉であった。お湯がとろとろの。
往五時間(二人でゆっくりおいしい夕食して午後6時帰路についた)も運転してくれた。その事への感謝も五十鈴川だよりにキチンと打っておく。もう十分に我が姉兄弟は全員高齢者なのである。一期一会、全員健康にしぶとく生活していた。その事がたまらなく嬉しかった。幼き日共に苦楽したかけがえのない我が姉兄弟よ。有り難うございます。
だが、年明けそうそう縁起でもないということなかれ、摂理、遠からず、この世のお別れがやって来る。その日に備えて、いざというとき冷静に明るくお別れができるように、、、。今回もよき時間が持てた幸運、幸福を感謝する。
とここまで打ったら、桑江純子さんからメールが来たので五十鈴川だよりは中断する。


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