1月24日、今日は妻の生誕の日である。以前の私であったら、だからといって、臆面もなく五十鈴川だよりに打つことは、無かったであろう。
だがやはり年齢が、打たせるのだと思う。それだけ共に歳月を、刻んできた歩みへの、ある種の感慨と、妻への尊敬の念を五十鈴川だよりに(家族に遺しておきたい)打っておきたいのである。
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| 1月23日の朝に見たオーバーザレインボウ |
いずれにせよ、打てるときに打っておかないと、後々打とうと思っても叶わぬと言うことは充分にあり得るのだから、そのようなことにおもいをいたすとき、いざ、という気持ちになる。
これまでも厳冬期、妻の誕生日が来ると何か打ちたくなったのだが、のうのうと打つのが気恥ずかしかったのだが、加齢のせいで厚顔さが増してきているのと同時に、そのようなことにおもい煩うことは、もう馬鹿馬鹿しく思えてきたのである。
したがって今後も加齢と共に、あの爺さんまた連れ合いのことを打っている、と五十鈴川だよりを読んでくれなくとも、もう私は現時点でもまったく構わないのである。誤解されても構わないのだが、社会人としては、すでに終わったヒトとして存在している自覚がある。が社会の動向への関心は無くしてはいない。(解散選挙報道が過熱、世界も益々カオス化しているが、自分の足、体で考えないと、危ない時代の足音を私はますます感じる)
しかし、社会人としては終っても、妻との老夫婦時間は、これからどれだけ二人時間があるのかは未定にもせよ、その未定の夫婦時間の老いの旅路がいよいよ始まる、という自覚は深まるのである。(夫婦老い路旅を五十鈴川だよりで綴りたい)
新ためて出逢い、遭遇の不可思議を思う。34歳の不遇のとき、39年前、吉祥寺の ビデオシアター(当時は映画館とはことなる、マニアックなビデオ作品が上映されていた。上映されていた作品はアルフレッド、ヒッチコック自作を語る)で出逢ったのときの出来事は、まるで映画のワンシーンのように、思い出せる。甦る。
映画の内容はほとんど忘れているが、ヒッチコックがインタビューに答えて、最後の方で、あなたにとって幸せを感じる時間は、どういった瞬間ですか、と訊かれてヒッチコックが応える。それは日没を眺めているときであると。ヒッチコック作品が大好きな私は、、茶目っ気たっぷりに応えた、その言葉が忘れられない。
(私も日没を見るのが好きである。老いの力が増すにつれ、夜明け、日没、月、星、大樹、滝、霧、雪景色、虹、雨、鯨、パンダ、虫などなどの命、万物、縄文土器、、、に一体化、みいる。人知を超えた大宇宙の創造物に、敬虔に祈る)
その作品を観ていたのは、私と妻の二人だけであった。その後の顛末を詳細に打ったら、お里が知れるし、これまたフィクションのようになるので、今朝の五十鈴川だよりでは割愛する。
ともあれ、あの出逢いなくして今は無し、結婚、岡山移住、二人の娘に恵まれ、娘達が巣立ち、それぞれが伴侶を見つけ、それぞれ男女の子供に恵まれ、私はお爺さんになっている。(これいじょうもうなにも不要である)
話を戻す。どちらが先に宇宙に還るにせよ、これからは夫婦時間最優先で生きたい(往きたい)と、妻の誕生日の朝に念うのである。我々は全てが正反対である。だからお互い助け合って今日も飽きることなく、生活できているのだとおもう。その極めて平凡な気付き、共に生活していて飽きないのは、お互い微妙に変化し続けているからだとおもう。季節が移ろうように我が心も移ろう、その事に静かに五十鈴川だよりを打ちながら向かい合いたい。
これ以上は打てない。愚の骨頂、野暮である。知恵を絞り、工夫し、平凡な日々を、非凡な日々と感じられる感受性を、一ミリでも(老いの摂理に逆らうのではなく、受け入れる生活力を養いながら)磨きたい。

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