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2026-01-27

立花隆著、[天皇と東大、下巻]を読み終えた朝に思う五十鈴川だより。

 昨年暮れから読み始めた、立花隆著、天皇と東大上下巻を年明けから、尺取り虫のように、主に朝、頭がすっきりしている時間帯に読み進め、ようやっと読み終えた。読み終えたばかりである。

昨年は戦後80年であった。[天皇と東大上下]は2005年に刊行されている。20年前である。20年前と言えば、私が53歳である。まだ中世夢が原でバリバリ働いていて、娘達は中高生であった。が乏しいお小遣いの中から本は買っていて、長いこと本棚の中に眠っていた。

学べる体を養生したい

が、何時かはきちんと読まねばという思いは消えることがなく、ようやく機が熟して、ようよう読み終えて思うことは、つくづく読んで良かった、という言葉しかない。その思いを長々と綴ることは控える。五十鈴川だよりに読み終えた事を、まずはキチンと打っておきたい。その上でもう少し打つ。

立花隆さんが逝かれて5年が経つが、このようなお仕事、ご本を著されたことに新ためて畏敬の念を覚える。求めて後20年後この本を読み終えて、私はすっかり老人の今、さていよいよこれからをいかに人生を降りてゆくかの、細き路をさ迷っている。

が、天皇と東大を読み終えたことで、一念発起、近現代史、分けても戦前までの昭和史を学び、自分なりに知りたくなった。新た老いを生きる目的が拡がっている。

その自分にとっての、第一の入り口として出会った本、選んだ本が[天皇と東大]になったという事、感謝の念しかない。割愛するが私の両親は大正時代の生まれ、軍国主義教育を受け育ち、戦前北朝鮮で二人共に教師をしていたが、敗戦で一切の財産を無くし、塗炭の苦しみを体験、3歳の姉と、生後半年の兄と共に、今の韓国の大空港仁川から(当時はしなびた港町であった)命からがら引き揚げてきたのである。私を含めた3人は戦後生まれである。

(同じ昭和、戦前と戦後の教育の歴然とした相違に愕然とする。そして教育というものの恐ろしさ、この本は一筋縄では答が出ない日本民族の出自、国体、いかに日本民族のアイデンティティーを確立して未来に向かうのかの重い問いを内包していて多義的に照射する)

重い重い避けたくなるテーマ。平和国家とは何か。今も過酷な国状況下や戦禍の中で難民となり、国を否応なく脱出、漂流するニュースが途切れることはない。難民キャンプの映像、もうそのようなニュースに、老人の私はリスポンスするのが、萎びているのを、どこか自覚している。二人称の困難や困窮、死にはかくも敏感に反応するのに、三人称の死にはかくも鈍感な私なのである。

しかし、私には両親のおかげで、どこかに微かに、ほんとうに消え入るかのようにかすかなのだが、難民の両親の末裔だという自覚がある。だからといって、どうともならない。またいうこともとりたててない。だがときおり何かが心の奥深くで蠢き囁くのである。その蠢きは、古稀を過ぎて、消えるのではなく、より蠢くのである。その内的な消えない老いの揺らめきが、[天皇と東大]を読ませたのだと思う。

そして思う。いよいよこれから、あの戦前の昭和(もちろん大政奉還、明治からも)、天皇、軍人、知識人、学者、学生、一般大衆、日本人、(全部)民族がどのように生きて、決断し、選択し、戦後を迎え生きてきたのかを、まずは知らないといけないのだということを、立花隆さんが心血を注いで著してくださった本を読み終えて、いま私がおもうことである。

このような内的な老いの変化移ろいを、五十鈴川だよりを打ち、どこか孫たちにお爺の思いを伝えたいのである。

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