昨日から労働に復帰しました。月曜日長女家族が移動し、年末年始まる一週間(次女家族とは3日間)我が家は怒涛のような賑やかさに包まれました。あっという間でした。
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| 宿から撮った一枚 |
昨日の夜、老夫婦だけの静かな夕飯、お正月が終わったことを実感しました。が私の心と体には、3世代でお正月を迎えることができた喜び、余韻がまだ抜けてはいません。だけれども、世のなかは、すでに、一気にどころか激動の2026年の幕開けのように思えます。
がしかし、つくづく私は思うのです。このようなご時世であるからこそ、じっと揺るがない山の姿や、川の流れ、夜明け、日没、雲の流れなどを、ただポカンと眺めることの出来る、つましくも平凡な有りがたさを噛み締める自由自在を、感性をなくしたくない、のです。(スマホもお金も使うもの、逆はちょっと虚しい)
今年は2日、3日は湯原温泉で長女家族と過ごせたことが、老いの実りとでも言うしかない、初めて経験した孫たちとのお正月小さな旅は、今年もまた、地に足をつけて生きてゆく老いの覚悟を深めてくれました。
家族での、私の少年時代の頃の記憶のなかの、お正月風景とは、今は昔の有り様ではありますが、今年孫と過ごしたお正月は、時代の表面の風景は変わろうとも、移ろいゆくなかで、しかし移ろはない、大事なことが確認できたお正月となりました。
さて、今年はどのような年になるのか皆目わかりません。(世界情勢はいよいよ魑魅魍魎世界へ突入してゆくかのようですが、付和雷同だけはごめんです)ただひとつ思うことは出来るだけ静かな、カントリーライフ、本を読んで、散歩に重きをおいた労働生活がしたい。(揺るがないこと、普遍的なことににのみアンテナを磨きたい)
あるがままに流れてゆく。老境、老いの細道を堪能するための生活を、いかに一日一日過ごせるか、過ごせないのか、を思索思念、老いの小学的哲学時間を大事に生活したいと。
これまでの人生を振り返りつつ、手にしてこなかった先人たちの書物に触れて、老いの血流ををよくしたく、未知のゾーン時間を充足したい、とそのようなことを年の始めに念っています。

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