先週の水曜日レッスンを終えてから、10時近くゆっくりと宮崎に向かって運転を始めた。いろいろと考えた末、高速ではなく、初めて普通の道を走ってみることにしたのだ。
翌日の夕方までに兄のところに着けばいいのだから、急ぐ必要はない。昼間のうちに車の点検、食料や水その他、眠くなったときにすぐ休めるように、思いつく準備のあれやこれを 済ませておいた。
気が張っていたのだろうが、岩国の近くまでまで、ことのほか順調にきたところで睡魔、午前2時ころ車中で2時間近く、仮眠をしまた走り始め午前7時前には関門海峡を超えることができた。
久しぶりに故郷に還れる嬉しさで、九州に入ったとたん身体が 軽くなるのがわかった。地図を見ながら走ったことのない道をとにかく走った。夜明けのコーヒーが格別でした。
小倉から八幡西区を抜け、田川方面を走り、大分の英彦山から日田を抜け、雄大な阿蘇を回り、(梅雨の晴れ間、素晴らしいお天気になり最高のドライブが楽しめた)、高森から高千穂を抜け、日之影から父の先祖である、宇納間には翌日午後二時過ぎに着いた。
仮眠は一回のみで、全然眠くならなかったのには我ながらちょっと驚いた。水分補給と栄養ドリンク以外は口にしなかったからかもしれない。食べると眠くなるので口にしなかったのだ。
宇納間は五十鈴川の源流のあるところ、石清水の冷たい水でしばし沐浴をした。初めてのんびり休憩、山間の静けさ、水の冷たさとあまりの水の透明度にわが故郷の有難さがしみた。
私にとっての故郷の象徴は、五十鈴川 をおいてほかにはない。五十鈴川のほとりに立つと、何やら心身の奥深いところがほっとするというしかない感情に浸れるのは、何故なのかわからない。理屈抜き原点の川、というしかない。
沐浴後、宇納間の地蔵様を祀る神社にゆき、360の階段を上りお参りをしたのち、そこから兄の家に向かった。(その間30キロくらい五十鈴川に沿って走る)
午後5時前無事兄の家に着いた。無事の帰省を兄夫婦がともかく喜んでくれ、ささやかだが心のこもった夕餉をすぐに整えてくれ、小宴会となった。原点懐かしきわがアイデンティティ、故郷の方言が飛び交う。
途中からは次兄もやってきて、愉快な水いらず兄弟の宴会は話に花が咲き、瞬く間に時がたち兄たちは元気だが、私に睡魔が訪れ8時近くでお開き。空腹の体にお酒と食べ物が押し寄せ、心地いい疲れに満たされ、義理の姉が用意してくれたお布団に安心、大いなる眠り、私は倒れこんだ。
故郷の有難さがしみた。岡山からわが故郷までは、コースにもよるがおおよそ600から700キロくらいの距離である。この距離がぎりぎりちょうどいいのかもしれない。
ちょっと前までは高速を使わないで帰るなんてことは考えもしなかったが、気持ち次第でこうも人間の体は変わるということを、またもやあらためて認識しなおした。年齢を気にせずの気まま旅。
守りに入ってはやはり駄目である。この続きはまた明日書きます。本日はこれにて。
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