優れた監督や演出家は、わたしが初めてロンドンで見た【じゃじゃ馬ならし】(マイケルボグダノフ演出)も劇中劇にしてシェイクスピアを現代に蘇らせる。
いまでも、最初のシーンの斬新さが印象に残っています。それはお芝居から 、演劇へ。劇的ともいえるほどに現代世界を映し出し、えっ、シェイクスピアってこんなふうに現代人に迫ってくるように抽出(演出)できるのかと、若かった私は驚きました。
それが、創造であり、想像力のなせる業なのだと思う。それを実現できる俳優たちとの共同作業をゆったりと許す文化に対する厚い土壌を若い私は垣間見ました。
ところで私の家には尊敬する演劇人ピーターブルックの演出作品のポスターが何枚か飾ってあります。私の宝です。
二十歳のころ、私はブルックの【夏の夜の夢】を見ましたが、今に至るもその斬新というしかない演出は、若かった私を日本を一度離れロンドンに自費留学するという夢、欲望に火をつけました。
優れた舞台人である野田秀樹さんも、高校生の頃、この舞台をみて衝撃を受けたとなにかに書いていました 。
それくらい、劇的な舞台でした 。シェイクスピア自身ハムレットの中で、芝居とは時代を映す鏡といっている。現代人の虚ろな当時の私の生活に風穴を開けてくれた、まさに私にとっては夢のような舞台作品として記憶の底に焼き付いている。
今考えると、お金のなかった私がよくもまあ、あの舞台のチケットが買えたものだと思うが、それくらい何か未知との遭遇を求めていた。
私だけではなく、あの当時の若者たちは、あらゆることに好奇心があふれていた。地球の歩き方 もなく、世界をただ単純に見たい、この自分自身の眼で、ということに飢えていた。私もその一人だったのだである。
振り返ると、つくずく私の場合運が良かったというしかない。単純にアクションを起こすことの大切さ、いまも私の中では生きている。
可能ならできるだけ正直に(そうはいかないことが大半ではあれ) 一回こっきりの人生を生きた方が、と私の場合は思うのだが、各々それは自由である。
労苦は伴うが、すべては若かったからこそできた。あのようなことは20代だからこそ、気の弱い私でもジャンプできた。そしてその選択はよかったのだとつくづくいま思える。
ライブ、舞台芸術はまるで夢のように一晩で終わるからこそ、私には素敵に思える。夢というか幻想は、そして未だ私の中に宝のように残り、こうやって拙文を書かせる。
何度も書いているが、やはり鉄は熱いうちににこそ、と思う。ピーターブルックは九〇歳近くになるが、いまでも現役で優れた仕事をしている。
シェイクスピアのテンペスト(音楽桃山晴衣)銀座セゾン劇場で。 |
限りなく、ただ ただ人間の存在とは何かを、演劇で探究すしているまれな人。
この方の演出作品を私はシェイクスピア以外にも、これまで10本見ている。(長くなるので書きませんが、記憶の宝というしかない)
ブルックは時間を惜しみなく費やし、納得のゆく舞台を創造するがために、作品本数はそんなに多くありません、そんなブルックの珠玉の 演出作品を10本も見ることができた私は幸運というしかありません。
映画も3本見ています。雨の忍び逢い・マラサド・三文オペラ。
ピーター・ブルックは、ひたすらシンプルに生きることの大切さを私に教えてくれた、私にとっての宝というしかない演劇人である。
岡さんのコメントから、思わぬ朝ブログになった。絶対矛盾を抱えながらも、限りなくシンプルに生きてゆきたいと、還暦後ますますそう思えるようになってきた。