起きてすぐ少し散歩をし、五十鈴川だよりタイム。今月26日は、猪風来美術館の春の縄文野焼き祭りである。昨日ほぼ一月ぶりに、新見の法曽にある猪風来美術館まで行ってきた。春の縄文野焼き祭りが近づいてきたし、新芽の萌えいずる春のドライブを楽しみながら、猪風来さんとよし子さん会いにいったのである。
![]() |
| 猪風来美術館に魅せられる |
いつまでも、ロングドライブができる年齢ではないことを、わたしは自覚している。だが今はまだできる。過信せず、体調を最優先しながら運転を心がけている。先の故郷帰省で久しぶりに熊本でレンタカーを借りたのだが、70歳以上は借りるのが難しい事を知った。結果妻が借りて、私が返すまで運転したのだが、あらためて社会的に充分に高齢者であることを認識した。
昨年二度めの高齢者運転講習を受けた。3年毎に講習を受けねばならないが、二人の兄もいまだに運転している。個人的には講習で不可能と言われるまでは、運転したいと思っている。
だが先ほど打ったが、過信せず、猪風来美術館までの日帰り旅のようなゆくのがたのしみなドライブは、過密な時間をなるべく避けて、田舎道の日本の山野の風風景を楽しみたい。
さて、昨日高梁から新見に入って、美術館までの細い道沿いの棚だのほとんどは、耕作放棄地なっている。最後の独りといわれているかたが、棚田を守っており、その水田には水が引かれていた。しばしみいった。私にとって棚田はもとより、水田に水が引かれ、稲が植えられる前、天が写る季節の到来は私がもっとも好きな季節である。
今は無き記憶のなかの幼少気の原風景、生家の玄関の硝子戸を開けると目の前は一面の水田であった。日本はお米の国、アジアはお米の国文化圏である。その日本の山間地域の特に急勾配の棚田を守ってきた零細農家の後継者はもう風前の灯火である。言葉にならないくらいに物悲しい。
先の旅で、現代日本の超過疎地と超過密地、両極端を行き来して、ますます痛く胸に染みたのは、そのあまりの極端さである。一方は人混みで満杯、我が故郷は若い人がほとんど人っ気がない。限界集落である。私の文章力ではそのあまりの極端差を上手く表現できないが、お金も含めて、持つもの持たない者の差がこの十数年で、開きに開いたのは、間違いない。
この世、宇宙、大自然、無数の微生物の恩恵で我々は命をいただき、生きながられている、その事への心からの感謝(私も含め)畏怖する感覚を、(とくに殺戮兵器産業に従事し、大怪我などもしたことのない、政治家や経済人、俗に権力に取りつかれているような人たち、他者の命に対する畏敬の念のなさ)、とっくに忘れてしまっている、としか思えない。
老いても、五十鈴川だよりを打てる間は、個人無所属者として発言したい。日本の文化の基層は比類のない縄文時代からこの日本列島の環境のなかで暮らし、生活してきた人々が紡いいでいできたのものである。その事を、猪風来さん、よし子さんから、いまも教わっている。
細長い日本列島、無数の島、四季の移り変わり、多種多様な無数の生き物、山、川、海(にかこまれ)その大いなる恵みを、一万五千年以上、循環する四季の環境のなかで、暮らし、生活して命を紡いできた縄文時代の人々が創造(想像)した比類のない世界に冠たる縄文土器に、心底みいられたのが、猪風来さん、よし子さん、ご子息の原野さんである。
長くなるが、もう少し。五十鈴川だよりを読んでくださっておられるかたはご存知だと思うが、この一年半、私は猪風来美術館に足繁く通っている。行く度に大いなるものへの感謝、恵みへの感謝は深まる。自分でいうのも(ちょっと気恥ずかしいが)なんだが、猪風来さん御家族の歩み、凄い作品をまえにすると、心身が浄化されるのである。
だから足が向かう。満足という文字は満ち足りるである。水田に水が満ち足り、大地がまさにいっせいに蠢きだす。その大地、土に生命力を祈りを籠めた人々が縄文土器を産み出した。一万五千年の長きにわたって連面と続いてきた命の文化が途絶えて後、数千年、猪風来さん、原野さん、よし子さんは縄文じんの生まれ変わりように、私には思える。

0 件のコメント:
コメントを投稿