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2026-03-18

84歳、草刈を終え颯爽と軽トラで帰ってゆくIさんの後ろ姿に打たれた、今朝の五十鈴川だより。

 昨日ちょっと嬉しいことがあった。私のバイト先は広いので、私と相棒の二人では手が及ばないエリアを、年に4回、シルバー人材センターの方たちが5~6人位やってきて(今回は数週間、高く伸びた枯れたすすきや葦を刈っていた、大変骨の折れる労働である)草を刈っている。その中の一人のかたが午後突然私のところにやってきて、今回は今日で終わりだと、わざわざご挨拶に見えたのである。

今日の五十鈴川だよりはkさんとの共作

何故ご挨拶にみえたのかはわからない。その方があまりにしゃきっとされていたので、思わずおいくつですかと訊いたら昭和17年生まれだという。私よりも10歳年上84歳である。

小柄だが背筋がしゃんとしていて、かっこよかった。久々、私よりも歳上で、草刈仲間で、話し方も含め、気持ちの良い老人に、昨日私はであった。笑顔が素敵でまた会いたいと思ったので、お名前を伺ったら、向こうも私の名前を訊いたので応えて、再会を約束した。

五十鈴川だよりは、その日暮らし、年寄り通信になっている。老いゆく一日をいかに気持ちよく過ごせるかに、重きをおいた生活を心掛けている。が正直、日々の生活の中で、爽やかで清々しい老人に出会うことは、私の場合稀である。

そのような日々の中で、出会えたIさん、今も打ちながら先輩の笑顔が浮かぶ。果たして10年後、Iさんのように草刈ができるだろうかと、自分に問う。私の答は、比較はしないで自分なりに一日を積み重ねてゆくしかない、という結論になった。ただ限りなく積み重ねてゆく希望を私はIさんの後ろ姿にみた。

これからの年齢を刻むお手本を、身近に見つけることができた喜びはひとしおで、そのことが私に五十鈴川だよりを打たせる。80歳を機に退職されたTさんしかり、今私が日々の足元生活で生き甲斐ともなっている労働仲間は、バーチャルなお付き合いではない。体を動かし、ともに寒さ暑さ、苦楽を共有するかけがえのない仲間である。

そのような仲間と、気持ちよくアウトドアで、バカな冗談を交わし晩年過ごせるなんて、私は至福である。皆、紆余曲折それなりに人生を歩んできた高齢者なので、都合の悪い時には支えあえる。(家庭の事情や長期のお休みなどで)

前回の五十鈴川だよりで打ったが、音楽会などの企画を止めるというのではなく、老いゆく仲間と、愉快に過ごす、少人数での終を見据えた(よしんば実現しなくとも)、自分でも思いもつかなかった、ようなひとときを演出する企画が、可能かもと夢みる。私ごとき、この世はつかの間の、夢のまた夢、だからこそ現実我が体を動かし、思いを共有できる仲間を大切に生活したい。私はすべての今を生きるすべての仲間と存在しているのである。

PS 今朝の写真は山梨に住む、女性の友達kさんから昨日送られてきた写真(昨年、数十年ぶりに再会を果たすことができた、73歳で企画しなかったら再会はかなわなかったかも、あれやこれや物語かしたくなるほどに、偶然を必然かしたくなる)

Kさんへ。妻同様私も富士山が歳と共に好きになり、老い先をみつめるとあらゆる生き物、つまりは森羅万象がいとおしく、慈しみたたくなる。よい写真ありがとう。(日本に生まれてよかった)上京した折、タイミングが合えば、ハイボールを飲みましょう。また写真送ってください、写真友達でいてください。(富士山の、写真いただき、春がきた)


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