3月も はや半月の時が流れた。雨の日がなかったので、ほぼ毎日ポスター配布に動いている。午前中は肉体労働バイトなので、平均すれば午後3時間くらいを配布に当てている。何せ10年以上ポスター配布をやっていなかったし、このデジタルSNS時代に何をやっているのだろうと、時おりおもわぬでもないが、いいのである。私にしか関知し得ない、喜びがあるからこそ、やれるのである。(お陰で毎日熟睡している)
あと10日も配布すればほぼ500枚の(すでに200枚はあちらこちらにへの配布を終えた)ポスター配布は終わる。私は心と体に相談しながら何処かに余裕をもって、まるで行脚気分で春の陽気のなかの配布を楽しんでやっている。
花一輪・愛でて始まる・春の朝 |
動けるということのありがたさを思い、思わぬヒトとで会う度にポスター配布をしなかったら会えなかったのだと、オーバーではなく想う。そして多嘉良カナさんと出逢えたことで、このような企画が打てることの喜びが、体に沸き起こり、心置きなく当日を迎えるために私がやれることに日々、エネルギーを注ぐ、ただそれだけである。
還暦を過ぎてからの私は、体と心が気持ちいいことだけをやろうと決め(できるだけ)生きてきて古稀を迎えたのだが、その想いはますます強くなっている。特にコロナパンデミックが続き、ウクライナでの戦争の終結の予測がまったくといっていいほどにたたない現在、私の心も揺れ動き移ろうなか、企画をすることで心身の安定を保っているかのような生活なのである。
当たり前のことが、ある日突然当たり前ではなくなる。その事は歴史が証明している。様々な問題や生活の困難を抱えながらも、企画ができるのは、曲がりなりにも平和で、当日足を運んでくださる人たちがいるからである。
この年齢になると、平和に生きている、いきられている、その事のありがたさが沁みるのである。だからなのだと想う、多嘉良カナさんを企画したくなるのは。わたしの企画はほとんど直感である。一人でも多くの方に能楽堂ホールに来ていただき、カナさんのパホーマンスを体感してほしいのである。
わたしも体感したい、からこそポスターやチラシ配布がしたくなるのである。自分の企画に対する想い、偏愛は企画を始めた当初と全く今のところ変わらない。いやそれどころか年齢を重ねるにつけ、もっと打てば、死者の側に自分の体が近づくにつれ深まっている。
若い頃読んで、その難解で屈折した文体でちんぷんかんだった大江健三郎さんがおなくなりになった。ヒロシマノート、核時代の想像力、厳粛な綱渡り、若き日に読んで影響を受けた、素晴らしいお仕事をなさった偉大な作家が。(カナさんを終えたら、しっかり読み直したい。珠玉の遺言作品を)
同時代に生きることができ、影響を受けた多くの方の訃報が続々届く。今をいきる凡ぷのわたしに何が企画できるのか、大地の片隅から、これまで学んだことをいかし、学び直し、足を使ってポスター配布しながら考え続けたい。
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