甲子園でふるさとの人たちの姿をたくさん見て、いささか普段にもまして望郷の念が深まり、ましてお盆の季節であり、古希男はセンチメントな朝の気分で、五十鈴川だよりに向かっている。一昨日の夜、甲子園から帰ってきたばかりで、打った五十鈴川だよりを読み返していたら、お休みだし、なにか打ちたくなるのだから、私にとっては五十鈴川だよりは、いまや今をいきる必須アイテムである。
古希の宝物 |
今日は義理の父のお墓参りである。母校が甲子園に出なかったら、私は今ごろふるさとに帰省していたかもしれない。日を改めることにしたのである。あれもこれもは同時にはできない。なにかをやったらほかの事はできないのだ。
オーバーではなくコロナとウクライナでの、いまもやまない、不毛という他言葉のない戦争は、古希男に今日一日をいかに過ごすのかを考えさせる。古希の夏、何かの変容が我が身に起こってしまったように感じている。命の重さ、ありがたさ、何てことのない日常が、実は奇跡とでも呼ぶしかにないほどに、ワンダフルワールドであるとの気付きの深まりを感じるのである。
若い頃は、損得利害の現世的な縛りのなかを右往左往と息せっきって、がむしゃらに生きてきたし、またそれで結果的にはよかったのであるが、今はまったく現世的な世界とは、できる限り距離をおいて生きてゆきたいとの思いが、ますます深まるのである。これが、私にとっての老いであるとしたら、その内なる自分の正直なおもいに身を委ねようとおもうのである。
要は自然に自在に気のおもむくままにありたいのである。風の囁きのように、吹かれ吹かれて行き着くところに赴きたいのである。還暦から10年、なんとか古希の年齢まで生きてこれた。この間の10年、まったく悔いなしである。世間では長寿、100年社会などとかまびすしいが、とんとそういったことには関心がない。
幻想に思いを馳せ今をいきる |
いかに今を生きて行けばいいのか、いけないのかを、五十鈴川だよりを打ちながら、体と心に相談しながら、気持ちが上向くことしか関心がないのである。若いときには無理することが気持ちよかった。いまはまったく逆である。
疲れたら横になる。一昨日の疲れがあったから、昨夜は8時間以上眠った。お陰で気分爽快で五十鈴川だよりが打てる。よく休んだ脳でないと、五十鈴川だよりは打てない。話は飛ぶが、自分とは何かを問うのが哲学だとすれば、大昔からそのようなことを考える世に言う大家が、いろんな国の、そこかしこにいたからこそ、哲学なる分野、芸術文化等が生まれ、いまもまたその答えのない答えを求めてやまない、多くの人間が存在しているのだろう、とまあ凡夫はおもうのである。
朝からとりとめなき五十鈴川だよりになってしまったが、仕方がない、これもまた老いの為せるなにかだとおもうことにする。老いとは、各人各様老いてみないとわからない世界がきっとあるのだとおもう。老いをただ単に美化したりするのではなく、自分にやって来つつある当たり前の自然の老いを、真っ正面からいかに可能な限り見つめられるのか、見つめられないのかを、我が五十鈴川だよりで綴り打ちながら、思考するのが、いまは一番関心があるのだ。
私というえ命の発露は、大いなる宇宙的時の流れ、摂理のなか、どこからか与えられたものである。100年などというちゃちな時間ではないのだ。私はどこからやって来て、どこへ向かうのかを考え続けた、あまたの勇気ある先人たちに倣って、小さき替えのきかない私の命を、いかに生きて行けばいいのかを、考えるのが暑さ対策、私が今在ると言うことなのである。
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