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2016-10-09

話題のアニメ【君の名は】を妻と観にゆく、そして思う。

休日を妻と過ごす時間が夢が原退職後確実に増えつつある。特にこの一年は意識的にそうするように、何とはなしにそうなってきつつある。

出会ってから30年経ち、何やらまた改めて新鮮な関係性が育めてゆけるかのような気がしてきている。

共に土いじりをしたり、犬の散歩にいったり、美術館にいったり、旅をしたり、映画館に行ったりすることで、共通の体験をしながら会話をすることなしには、やはり夫婦の関係性は深まらない、のだ。

さて、昨日は夫婦して整体にゆき、午後君の名はという新海誠監督の新作アニメを、夫婦で観に行った。

私はさほどアニメーション映画が好きではないのだが、このアニメーションフィルムにはとても感動した。アニメを見て涙が出たのは初めてである。

どんなところがいいのかは多岐にわたっている(ぜひ見てほしい)が、一言でいえば発想がみずみずしく、どこか現実離れして入るが、万人の人間が抱きうる、妄想、幻想、つまりは人間の深層の奥深くに届く、夢物語だからだ。(だがリアリティがある)

まさにデジタル(アニメ)時代の監督だが、根っこに確たるリアルな感覚(健全な常識感覚)も持ち合わせていることが、あのアニメの自然の美しさ(ときに自然はあまりにも残酷である)の中に余すところなく表現されている。

30代の監督ということだが、主人公の祖母といい、高山ラーメンの親父といい、実に存在感がある。私には、 田舎の細部の絵がとてつもなく琴線を揺さぶる。

とてもこのフィルムの新しさを、私の一文では伝えられないが、私のアニメ観を覆し、アニメでしかできない、創造世界があるのだということを遅まきながら私は実感した。


世界の若者たちがなぜかくもアニメに惹かれるのかの結実を、私は学んだような気がしている。

下の娘が、テーマ曲を繰り返し今も聞いているが、若者たちの未来への揺らぎが(とくに東北津波、原発事故災害以後も続く、災害の多発)君の名はには、いやそれは若者たちだけではなく,広く災害列島にすむ、現代日本社会に暮らす我々にも届き、このように私にブログを書かせてしまうのである。

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