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2016-10-25

秋の晴天の元、竹韻庵で母と共に野菜を植え、思う

夕飯を終えこの時間帯にブログを書いたことはこの数年まったく記憶がない。が今宵はどういう風の吹き回しか、パソコンに向かう自分がいる。

妻も私も午後九時以降は、テレビはほとんど見ないので、まったく世間様とはずれたような我が家の暮らしなのだ。

この季節は、朝焼けがとみに最高だし、夕焼けも日に日に早く涼むゆく夕日が 格別に美しい。夜明けの光に運動公園で射貫かれ、夕方沈む夕日に射貫かれ一日を終えるなんて、最高に幸せないち日といわずして、なにおかいわんやである。

自分でいうのもなんだが、なんだかまったく自己満足の日々を、このところ送っている気がますますしてきている。

来月は生まれて初めての同窓会で(小学校6年生のとき一年間だけ過ごした、宮崎の美々地小学校の)遠出をするが、以前の自分では考えられないくらい、じっとした暮らしをいとおしむ、楽しむ、生活の変化が訪れているのだ。

体の変化に伴って、まさに意識が変化する典型が、わが暮らしに訪れているのを私は、徐々に徐々に実感し始めている。

だからきっとわが五十鈴川だよりも、ますますもって変化してゆくのではないかという気がしていて、それはそれで実に楽しみなのである。

世は年金とか、金にまつわる話題に事欠かないが、18歳から金に苦労してきた私は、お金がない暮らしの辛さが、少しは身に染みているので、若いころから食うものさえあればお金がなくても、何とかそのホ一日を愉しく生き延びる知恵のようなものが、身についているような気がする。

身体さえシャキッとしている間は、何とかその日一日をやりくりできる自信は、今のところまだ健在である。

話はいつものように変わるが、今日83歳の母と竹韻庵で、母が育てたニンニクの苗や、市販されている野菜の苗(ブロッコリー、カリフラワー、そら豆、下仁田ネギ)を植えた。

朝、竹韻庵に行くけど一緒にゆきますかと電話を入れたところ、行くよーっとまるでこの日の晴天のようなお返事。現在の母はまるで童女だ。

妻は仕事なので 母と二人きりで竹韻庵に行くのは初めてのこと。お供はメルである。10時頃についてゆっくりと始動、母の指導通りに動きながらおおよそ2時間ですべての野菜を植え終わった。

わずか2時間 二人で体を動かしただけで、畑地の景色が変わるのであるからまことに持って愉しいというほかはない。植え終わった小さな畑を見ながら二人で弁当をいただく。うまい、格別だ。

ようやく腰の具合も元通りになり、身体が元気に動けることの有難さを感じながら、あらためて元気に大地と戯れる母の姿に、自分もかくありたいとの念を改めて強く持った。

私と違い、本も読まず、映画も観ず、あらゆる文化的といわれるようなことにはとんと無縁な母でるが。人間としての基本的なことは、きちんとできる。

母を見ていると、私は深く頭を垂れ、反省しきりの最近の私である。これからは母との土時間、声出し時間、散歩時間、読み書きはそのあとという感じで、優先順位を変えようと思う。


確実に母とのこのような穏やかな時間は減ってゆくのだから、一日一日ははから学べることをきちんと学んでおきたいと思うのである。いつかはこのようなひと時も確実にできなくなるが、そのような時は、そのようなとき、いま、今日が一番大事なのだ。

お金に端を発する事件 がひきも切らない世相であるが、可能な限りお金に心がむしばまれないように、母を見習い穏やかに過ごしたいものと、天の下で物思いにふける私である。

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