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2016-02-13

64歳の誕生日の朝に思う。

お誕生日の朝である。64歳になったわけだが、60歳を遠野で迎えてからあっという間に4年間が経ったことの方にどちらかといえば個人的な感慨を覚える。

この4年間は、娘が結婚したり、自分のこれからの人生の試行錯誤の右往左往、いい意味で、今もだが充実した時間を日々過ごしながら、なにはともあれ健康に生誕日を迎えることができることに、言い知れぬささやかな幸福感につつまれる。

今を生きていられることに 感謝の念を持てるということ、そのことを臆面もなくブログに記せるなどということは、厚顔であれどこか幸福でなければできるものではない。

さて話を変えるが、帰省中の娘たちとは別行動で、昨日母とメルと3人で9時過ぎから午後1時まで竹韻庵で過ごした。

このひと月、竹韻庵では新しい畑地を作るべく、ひたすら孟宗竹の根をつるはしで採る作業に従事していたのだが漸くにして何とか畑の体裁が整うところまでこぎつけることができた。

この畑は、64歳の記念畑に個人的にするつもりである。小さな小さな畑地ではあるが今までで一番時間をかけて開墾してつくったので、やはり単純に喜びもひとしおなのである。

82歳の母が、そばで細かい作業を手際よく手伝ってくれあれやこれやの話をしながらの作業はなんとも言えず愉しく貴重なひと時であることを、何としてもきちんとブログに書いておかねばならない。

母が大地と戯れるかのように、過ごしているさまはまるで童女である。人様の前ではけっして見せない言動姿をさらしながらの仕事ぶりは、畑への作物に対する愛というしかないくらいに丁寧である。
かけがえのないわが家族の一枚

何やら、すべてに通じる根本を母の姿を通して私は感じる。生きるということはやはり雑では駄目である。丁寧に何事もなす姿勢がすべてであると思い知る。子育てもまったく同じだ。

何事も繰り返し丁寧に注意深くやるということの肝要さの中からしか絶対いい作物は生まれないし、土台の畑の土づくりに時間をかけないとどうにもならないのだ。

まったく人間生活にも当てはまることではないか。要領のいいインスタントラーメンのような人間が跳梁跋扈する現代資本主義社会の不気味さのなか、竹韻庵で体を動かす母と私は、まったく時代の流れとは無縁である。

家の中から解き放たれた良き相棒メルもことのほかご満悦だ。午後2時家に戻って、昨夜の残りのすき焼きに具材を足し温め二人で遅い昼食。

存分に動かした体にはなんともおいしい。母は年齢の割に実によく食べる、だから元気なのだ。シンプルライフもここに極まる。

小さな世界の中、人間生活の大事をきちんと押さえながらの暮らしぶり、母が元気なうちに可能な限り学びたく思う、生誕の朝である。

1 件のコメント:

  1. 日高さん、64歳のお誕生日おめでとうございます。
    一年前、あの竹韻庵の空間が畑地になろうとは、想像も出来ませんでした。
    日高さんだから出来た、「64歳の記念畑」ですね。
    これから何が育つのか、楽しみです。

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