我が家の庭にも、うっすらと雪が積もっている。大寒波の到来で北国の人たちはもとより、ここ岡山でも、北部の方は大変な雪で、そのようななかでも出掛けて労働しておられるかたたちのことを想う。
古稀を境にということではもちろんないのだが、このようなお天気のときには、働かないことに今年から決めた。自分で言うのもなんだが、まもなく術後2年を迎えようとしているのだが、(特別なことは取り立ててなにもしてはいないのだが)やはり一歩間違ったら、この世とおさらばしていたかも知れないほどの体験をすると、人間は変わるののだということを想う。
本質的なことではなく、日々の生活態度が変化してきたことは間違いない。まず無理をしなくなった。見たいものや、やりたいことがあっても、まず体に相談し、その日その日の優先順位を限りなく逸脱しないように心かけるようになってきた。体が、心がほっしないことはつとめてしない。だから今朝はゆったりと五十鈴川だよりに向かっている。
孫二人の名前入り、息子たちから |
先程まで、今年になって三つ目のシェイクスピア作品、ヴェニスの商人の筆写をやっていたのだが、気分転換というわけである。この年齢になっても、ありがたいことに日々やりたいことが、持続集中できる体があるということの、ささやかな至福は言をまたない。
実現できるかできないのかが問題ではなく、思い付くことに関して、企画であれ仕事であれ音読であれ、すべてのことに関して言えることは、体を動かし意識を動かして持続集中しているときにしか、思い付かないので、集中する訓練を怠らないために一番必須なのは、やはり肉体労働なのである、私の場合。
と、ここで話は変わる。昨日は妻の誕生日だった。娘や息子たちからお花他のお祝いの品が届いた。女性はお花のプレゼントを喜ぶ。花が好きな妻はことのほかの喜びようで、同居人の私としても、意味ももなく嬉しかった。ただその事だけを、今日の五十鈴川だよりに打っておきたい。
個人的なことだが、兄姉弟5人の私は、回りのほとんどの家庭が、戦後のまだ貧しき時代であったし、私には家族でお誕生会を親に祝ってもらったという記憶がないし、お年玉をもらった記憶もない。だから、今私には家族があり、ささやかに心にとめて祝ってくれる家族のありがたさが、染みるのである。(地球上にはお誕生会どころではない、あまたの民が存在することを、私は決して忘れたくはない)
私も妻になにがしかの行為やプレゼントをしたのだが、そのことを記すのは野暮なので省く、が知り合って36年、二人してささやかに祝った。わが両親がそうだったように、これからの日々の二人での生活時間を大切にお互い生きなくてはならない、その事を再確認した、昨日一日であったこともまた打っておきたい。
私にとっては、毎年のように打っているが、1月2月は生誕と命日が交互にやって来る、嫌でもいろんなことにおもいを馳せる、大切な冬時間なのである。
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