五十鈴川だよりを読んでくださっている、希少な方々、心より明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願い致します。
昨年末から、娘たちふた家族との時間を過ごしていたので、今年始めての五十鈴川だよりである。綴り打ちたいおもいは色々あるのだが、次女家族は元旦に夫の里へ移動。そして長女家族が帰京し、私は今日が仕事(アルバイトですが、私は仕事だと思っています)始めである。
話は変わるが、年明け早々、私にとっては意外な嬉しい初メールが届きました。なんと夜間中学で、シェイクスピア作品の音読レッスンの依頼でした。昨年末思わぬ出会いで再会、知り合ったN氏からの依頼。なんとも素早い急展開に正直、驚きが隠せない私なのですが、明日我が家でお会いすることになっているので、詳しい事が煮詰まるのを楽しみにしている。
今年最初に手にした本 |
夜間中学がどのような方たちによって運営されているのか、皆目なにも知らずに引き受けてしまった私なのであるが、これも何かのご縁、なるようにしかならないし、私自身意外な展開に賭けるというか、N氏との出会いがもたらしてくれた夜間中学に通ってこられている方たちが、シェイクスピア作品の音読にどのような反応をするのかが、なにかとても楽しみなのである。
わずか一度の出会い、そして10年ぶりの再会での意外性というか、あまりにドラマチックな急展開に、初夢かと我が身をつねってみたくもなるが、事実は小説よりも奇なりというほうを私は信じたいのである。
昨年夏の、松岡和子先生との40年ぶりの再会から、次々と個人的に過ぎることではあれ、まもなく2月で71才になる私にとって、嬉しい出来事が続くのが、にわかには信じられないのである。だが、ままよ、なるようにしかならないのが世の常ならば、流れに身を委ねるしかない。早い話、私は嬉しいのである。夕方のこの時間帯に五十鈴川だよりを打ちたいほどに。
再び話は変わるが、61才でシェイクスピア遊声塾を始め、コロナで閉塾、あれから3年経過、肉体はそれ相応に変化しているが、この間ずっと音読に対する情熱は、自分で言うのもなんだが、継続していたので、どこかの誰か運命の女神が微笑んでくれたのだと、勝手に思うことにした、のである。
人生、禍福はあざなえる縄のごとしである。いい感じで年を積み重ねる事は誠にもって至難である、と自分でいたいほど感じている。だが、だからといってなにもしないのは、愚者であるとのおもいが消えない。だから好きなことだから、きっと続けられる。手前みそだが生き生きしてくる。努力ではなく、生きている楽しみ、ただそれだけである。
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