こんなにも落ち着いた静かな歳のせは、岡山にやってきて初めてではないかという気がしている。
それから、企画をするということを一度もしなかったということにおいても、やはり何かが終わって自分の人生の中での何かが変わり始めたのだということが、実感として表れ始めた年、という気もしている。
企画をするということは、自分の時間が限りなくなくなる。くどく書くことは控える。ようするに手間暇、お金がかかるということに尽きる。そのような中、40歳から61歳まで、大中小(企画の)良くも悪くも、家族には多くの迷惑を書けながらも続けられたことには、まことに幸福なことであった。
過去形にしたのは、一つの区切り。今はまだ何の実績もないし、農業も初めてようやく一年をわずかに過ぎたばかりだから、夢は広がっても今しばらくは静かに土に親しむ時間が、私には必要なのである。
話は変わるが、このところのたて続きの寒波で、サンナンの畑が大きな打撃をこうむった。詳細は省く。専務も気象のことだけになすすべがない。それでも、ユーモアをもって、我々に接してくれているのは突き抜けた、神経の持ち主というしかない。
使われいる側の我が身としては、その心中は察するに余りある。ヒトはいざとなった時に、その真価が問われる。サンナンのわずかな人数の農のチームは素人にけがはえたようなメンバーだが、皆心やさしき人たちばかりである。
アベノミクスの恩恵を被らない、(ニュースではほとんど報じられないが)中小企業の円安による資材の高騰は、金属部門には大きな負担らしい。大きな会社のベースアップなどが報じられるが、真実の実態はほとんど報じられない現実には、多くの庶民が年の瀬の寒さとともに、嘘寒さを感じているのではないかという気がする。
さて、そこでどうするかである。短き朝ブログでは伝えきらないものの、最小のお金をうまく使い、企画を続けてきた経験から思うことは、何をするにも無理は禁物という、鉄則である。
そういう時は、時は金なり、静かに学ぶ時間にあてる、それしかない。18歳から、夢的時間を追求する人生を送ってきたがために、仇やおろそかには無駄遣いをしなかったからこそ、私は今を何とか生きていられる、という実感がある。
ここはしのいで、なんとかギリギリのところでと、専務はもちろん、私もほかの面々も考えている。しばし、会社の労働時間を削りながら(自分の農の時間はへらさない)サンナンの農の灯をと考る。
安全な空気、水や食べ物在っての、経済(人生)ではないかと愚直に私は考える。何より家族が安心して暮せ、そして、その上での文化的な暮らしが、ささやかに営める社会こそが豊かなのだ。根のない暮らしは空しい。
ともあれ、身の丈に合った暮らしを持続しながら、希望の持てる農や文化的な暮らしが、可能かどうか、今しばらく身体が動く限り私は考え続ける。
来年のことを考えると鬼が笑うというけれど、土があれば作物は育つ、自由な時間、サンナンの日高畑で修行しながらいろんな根菜類なんかをメインに植えて、無農薬、無化学肥料で育てた(少々やせていびつでも)作物を、、直接買ってくださる方々に販売するつもりである。
そうやって、もし利潤が出たら、私はその利潤で再出発企画を打ちたく思っている、お百姓企画。お野菜のおまけがある、相互交流映画会とか、何かつつましく暮らしている方が、元気になるような企画が育めれば、私は楽しい。
小さくとも、暮らしに根を張る消費文化ではないものを、老春企画したいものです。
ところで、明日から水曜日まで上京、老春旅します。親友に会い、畑から飛び出し、未知の人に会います。
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