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美作の小さな滝に打たれる怜君と娘 |
敗戦記念日の朝、暑中昭和は遠くなりにけり、といったなんとも形容し難い気分のこの夏の私である。無数の死者たちを想い、ひとりの人間として手を合わせ、両親に線香を手向けた。
ブログでは、なるべくは明るい話題や、私自身の日々のささやかな暮らし方の希望のようなことを綴りたいとは思うものの、私自身の性格に、起因することでもあるとは思うのだが、少々真夏の憂鬱を抱えてしまった感がある個人的な夏である。
がしかし、生来楽天的であり、災い転じて前向きにしか物事を考えない父の遺伝子を抱え込んでいるので、潔く男子(父の教育は恐ろしい)たるものは、在りたい。(本当に古いタイプの人間になりつつあるような気がする)卑怯といいわけは、私は苦手である。
この夏は、偶然、(いまは必然という気がする)介護初任者研修を学び始めたことで、61歳で極めてストイックな夏を過ごしている。この夏は、徳島で手漉和紙の作家を訪ねて以来、お休みらしい時間を過ごせなかった。そして今も勉強のため本を読んで学ばねばならないことに日々追われ、きつい夏をすごしている。
がしかしお盆休みに入り、娘と婚約者のレイ君が帰省していて、しばしの家族時間を過ごし気分転換をしている。家族というものは、多分に幻想的ではあれ、私にとってはかけがえのない、分身である、救われる。
ところでこの夏の、尋常ではない暑さは、とくに年齢的に日中思考能力がかなり落ちる。自分の身体が浮いているような感じ、集中力が続かない。熱中症でお亡くなりになっている方々の、ニュースが痛ましいが、他人事ではない。死はいつも隣り合わせである。
爪の垢ほど、介護のことを学ばせてもらっている(だから多くを語りたくはない)、熱中症のことも含め、今この国の昭和の大半を生きてきた方たちがお年寄りとなり、置かれている晩年について、私は以前にもまして想像する、感覚がそば立つ。世界は光と闇で成り立っているとは思うが、この一見の賑やかさの背後に、置かれているお年寄りたちの闇の深さには、呆然としてしまう。
かくいう私だっていい歳である、他人事ではない、人は皆、こちら側とあちら側を、往ったり来たりしながら、螺旋状に黄泉の国に向かう生き物であることは、頭では理解できる。だが、悲しいかな、人はその現実を眼前にしなければ(私はそれでいいという考えだ)死という現実は容易にはリアリティを持てない。やがては誰かの手の世話になる。
先の上京で、オロというフィルムを撮られた、岩佐監督が事故でお亡くなりになったことを、友人であるT氏から知らされた。【オロ】は岩佐監督が愛したチベットの少年オロとのたまさかの交流を淡々と描いたフィルムである。白昼夢のような夏の暑さの中で、蜘蛛の糸のように考える。
岩佐監督はオロという作品の中で何を描きたかったのだろうか。そして、何故私は今この年齢で、【オロと祝の島】を二本、ほぼ同時に企画したいのか、正直自分でもよくは分からない。これまでの、大半の企画もそうだが、自分でも分からない感情、感覚に突き動かされて、企画してきた。オロは私の大切な友人が心血を注いで、カメラを回して作り上げた作品である。監督と同じ姿勢で、チベットの少年の心に寄り添って作り上げた作品である。
祝(ほうり)の島は、はなぶさ(むつかしい漢字)綾監督の第一回の作品である。何度かお目にかかったことがあるのだが、一途な瞳がまぶしい、不良親父の私を驚かせる肝っ玉の据わったフレッシュな女性監督である。
私の人生で御縁の在った方々が、どん詰まりのなか、過酷な運命を懸命に生きておられる方がのもとに寄り添い、何かを賭して何年も足を運び、現地の方々に寄り添って創られた、ドキュメントフィルム。難しい理屈より、映っている何代にもわたって人間の積み上げた暮らしの重み、生きてきた証の自信に満ちた顔が、生活が、たたずまいが、なんともはや私をして打つのである。私の原風景の感覚に近い世界。
たまたま、今私が蟻のように読み進めている、渡辺一枝さんが書いた、・消されてゆくチベット・という本がある。(チベットという国の置かれている過酷な運命には言葉を失う)その渡辺さんが、祝の島のパンフレットに一文を寄せておられるのを最近知った。やはり、何かが結びついているのである。渡辺さんは、椎名誠さんの伴侶でもあられる。
介護の勉強が一段落したら、お墓参りに帰省し、ささやかにであれ、今できる形でのベストを尽くし、ひとりの人間として悔いなく企画したい。
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