早起きは三文の徳、夜は皆目ダメな私だが朝はなんとも言えず好きである。良く休んで疲れが消えた体は、ニュウートラルな状態とでもいうしかない、さわやかな感覚をいまだ私にもたらしてくれる。だからなのだろう、何かにすがるかのように拙文を綴りたくなる。
平均すれば、週に一回程度になりつつあるわが五十鈴川だよりだが、よたよたとと水量が少なくなっても、生きているなあという感覚がある間は、つづりたくなる、いわばわが業の肯定のように、日々の整理浄化のように一段とつづりたくなってきつつある。
さて、今日は結婚記念日である、33回目の。妻のことをいけしゃあしゃあと書くのは、いまだはばかられるから、もう少し歳を重ねたら書けるかもしれないという気はしているが、今はまだ書かない(書けない)。
ただこの女性との出会いがもしかなわなかったら、と考えると、このような安寧に満ちた今の生活は、またの夢であったであろうとの正直なおもいが私の中で去来する。
昨日の夜の十三夜の月、先ほど外に出たら西の空にほぼ満月の美しい残月が浮かんでいた。しばし古人に還ったかのように長め入った。月を愛でる目が私にはある。
コロナ渦中での結婚記念日である。もう特段なことはお互い何もしないが、ささやかに何かしようとの思いはある。お互いのごく普通の今ある生活をただ感謝するだけである。月に祈り花でも活けて。
さて、いつものように忽然と話は変わるが、コロナ渦中生活も七カ月が過ぎようとしている。本格的な冬を前に、にわかにまたも世界的に発症が増えている報道を知ると、自分自身もいつ感染しても、おかしくはない。
家族や身近な方には感染者がいないが、先々のことはわからない。ただ自分で考えて行動をしながら、我が身を守るしか今のところ私には方法がない。(感染したら運命に従う)現役バリバリで働いている世代、医療従事者、介護施設他、どうしても人混みの中での労働や、移動、動かなければならない仕事の方々の、心労は想像に余りある。
新聞くらいしか読んでいないが、こころがぎすぎすし余裕がなくなり、それがより弱いものへと向かう心根の貧しさには言葉に窮する。いじめなども急増している、(らしい)。自分がそのような立場に置かれたら、というくらいの最低の想像力さえもが、現代社会では失われてきているとすれば、ゆゆしき時代というほかはない。私の常識的な感覚と世間の常識的な感覚とのずれは広がる一方である(だからといって私は絶望はしない)。
こういう時こそ、じっと月を眺め、花を眺め、穏やかに只今ある我が身の在り難さを噛みしめる、いっときの余裕が必要である。この七カ月、極めて平々凡々と生活できていられる我が身の在り難さを想う。会いたい家族にも度々は会えないとか、コロナ以前とは考えられない生活を強いられてはいるが、私などよりははるかに厳しい環境を生きざるを得ない人々が、無数におられる。そのことを想像する。
話を戻す。この七カ月、こんなにも妻と限りなく二人きりの暮らしを続けているのは(いられるのは)33年共に暮らして初めてである。コロナ渦中の二人時間を大切にしたいと私は考える。新たな初老夫婦自主的自粛生活をいかにして新鮮に楽しめるか否か、私は模索している。