水曜日は労働OFFにしたので、五十鈴川だよりを打てるのが嬉しい。昨日は母の命日、そして東京大空襲の日、そして今日は東日本東北大津波、原発事故大災害の日である。あれから15年の時間が流れた。五十鈴川だよりを打てる間は、この日のことは忘れない。すべての死者の冥福を祈る。(やがて私も死者になる)
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| 桑江さんご夫妻に出会え幸福である。 |
個人的に1月、2月、3月は両親、義父の命日が続く。また家族のだれかの誕生日が続くので、例年いやでも死者を悼んだり、生きてこの世に在り、穏やかに健康に平凡に生活出来ていることにたいする感謝の念は、私の場合老いとともに深まる。
近年、私にとって春が来るまでの冬の季節は、五十鈴川だよりをうち始めて以後、死者へのおもいを深める時間であり、またこの間に授かった孫たちとの出会いで、あらためて命の摩訶不思議さに気づかされ続けている時間でもある。
人生の持ち時間は有限である、ということを、今年からかすかに実感しつつある。還暦までは、頭では理解はしていても、限りなく実感がともなわなかったのだが、元気に思考、動ける時間は有限である。
とはいえ、ありがたいことに、いまだに肉体労働がパートタイムでできる体力が在り、五十鈴川だよりも打てる。だからこそ時間を大切に生きたい。何人も歳を重ね、程度の差こそあれ老いる。厳粛な自然の摂理に私は抗いたくはない。老いは哲理、病気ではない。体力が無くなってきたら、きっと気力も萎える。だからこそ今が、一日が大切になる。
世の中、人生100年時代とのたまうが、あくまでもその人らしく、生をまっとう出来ることをこそ、私は望む。自然に抗うのは不自然である。生まれたばかりの赤ちゃんがなにもできずお母さんの手を借りるように、何人も最後はどなたかの手を借りるのである。その自然哲理に私はあやかりたい。でもギリギリまでは命を(思考する楽しみ)みつめられたら、言うことなしである。
話は変わる。私が生の有限をかすかに実感し始めたのは、やたらと昔のことを懐かしがる、というか、その懐旧の念の深まりが、日に日に濃くなってきているのを感じるからである。現世に生きている喜びもさることながら、昔の思い出(善きことばかりではない)によって、(故郷回帰願望はその最たるものである。)再び生き直しをしているかのような感覚(錯覚であれいいのである)を感じるからである。
その事で打てる(書ける)打てないは別にして、打てる範囲で打てるうちに、孫たちにお爺の思い出を残しておきたいという気持ちが湧いてきている。今はまだ、生きるのに忙しいけれど、五十鈴川だより(のなかで、タイトルは未定だが、孫たちへ)、なにがしかの文章を遺したい。明らかなことは体力がなくなったらうてない、からだ。
老いると昨日できていたことが、突然できなくなる。なき父が26回連載していた新聞記事を遺してくれていたことで、今、私がどれほど日々生きるエネルギーをもらっているか計り知れない。また、母が晩年病をかかえ、病床からの葉書が手元にある、宝である。
PS 今日の写真は昨日送られてきた、桑江良健さんの回顧展のお知らせ。最後の個展になるとのことである。出会えて30年の関係性。このような人物と出会えて言葉がない。幸福である。






















